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【書評】

天皇を救った男 笠井重治(じゅうじ) 七尾和晃著

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◆日米関係の改善に奔走

[評]筒井清忠(帝京大教授)

 本書は日米開戦回避・天皇の戦犯訴追回避・米中国交回復など戦前戦後の重要な歴史的事件の背後で、日米関係の改善に努めた笠井重治の生涯を明らかにした評伝である。

 笠井は一八八六年山梨県に生まれ、甲府中学に進学。校長にクラーク博士の薫陶を受けた大島正健(まさたけ)がおり、その強い影響を受けて卒業後、米国留学。シカゴ大学では在学中に最優秀弁論賞を受賞した。

 さらにハーバード大学の大学院に進み、後サンフランシスコで通信社の次長に就任、一九一九年に帰国した。帰国後出版社を設立し、日米関係の重要性を訴え続けた。さらに同じハーバード出身の金子堅太郎の支援を受け、日米の友好関係を訴える冊子を刊行、その縁から近衛文麿(ふみまろ)との関係も深くなっていった。

 三六年には国会議員にも当選し、いっそうの活躍を始めたが、日米関係は悪化。四一年には渡米して野村吉三郎駐米大使とも会談、米国の対日世論の悪化防止に奔走した。十一月に帰国。グルー駐日米大使から天皇との会見設定を依頼され、近衛らを動かすべく活動したが、結果は国防保安法違反容疑の憲兵隊による拘束であった。

 戦後、占領軍司令部でマッカーサーに仕えたボナー・フェラーズの天皇制護持建白書の作成に関わった。この建白書は、天皇が戦犯となることを免れさせるのに力があったと言われている。七一年、フェラーズは日本政府から勲章を贈られるが、推薦し、功績調書を作成したのも佐藤栄作と関係のあった笠井であった。

 その後さらに、今度は周恩来と米国の媒介にも活躍し、米中国交回復に動いたことも明らかにされている。

 このように興味深い内容だが、事実関係の解明に関する事項が最後にまとめて細字で書いてあるのはいささか読みにくかった。この箇所を本文中に的確に組み込めば、ドキュメントとしてさらに信頼できるものになったであろう。ともあれ、あまり知られていない隠された日米関係史の断面を初めて明らかにした労作として評価されよう。

(東洋経済新報社・1728円)

1974年生まれ。ノンフィクションライター。著書『堤義明 闇の帝国』など。

◆もう1冊 

半藤一利著『昭和史 1926−1945』(平凡社ライブラリー)

 

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