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【書評】

胎児のはなし 最相(さいしょう)葉月・増崎英明著

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◆驚異に満ちた「水中生物」

[評]秋山千佳(ジャーナリスト)

 あなたも私もみんな昔は「水中生物」だったのか。そんな感慨が、「胎児――この未知なるもの」がテーマの本書から湧いた。ヒトは母親のおなかから生まれ出るまでの間、空気を吸って生きる今の姿とは似ているようで「根本的なところで違う存在」なのだと目を見開かされる。

 約四十年のキャリアがそのまま胎児医療の進歩とリンクする産婦人科医で長崎大学病院長の「先生」=増崎英明氏の知見を、生命科学に造詣が深いノンフィクションライターの「生徒」=最相葉月氏が引き出していく。

 先生の話は驚きの連続だ。例えば、胎児を見るための超音波検査。先生が駆け出しのころに普及した技術だが、元をたどれば一九一二年のタイタニック号の海難事故がきっかけで研究が始まり、人間に初めて使われたのは第二次大戦後の日本製の魚群探知機だという。生徒・最相さんとともに「えーっ!」と声を上げたくなる。

 その超音波検査によって、ベールに包まれていた胎児の生態が明らかになってきた。ずっと寝ていて、一日七百ccものおしっこをしては自分で飲み、口でなく鼻でしか呼吸(羊水を吸って出すこと)をせず、スポンジ状の肺で界面活性剤を作ってためている。なぜせっけんのようなものを肺に? 先生いわく「膨張しやすくするんです。だから生まれた瞬間に空気にふれた肺がぱーんっと開く」。それによって水中生物が空気の中での生を歩みはじめるのだ。

 超音波検査と並んで胎児の謎に迫る鍵はDNA解析だが、出生前診断や不妊治療といった当事者=胎児不在の議論になりがちな話題では先生の複雑な胸中がのぞく。また、父親のDNAをめぐる発見は本書の肝でもあり、二人は「すごい」を連発するが、夫婦関係が破綻した女性などが読むと苦痛でしかないだろう。

 他方「がんを疫学で減らしたのは世界で初めて」という長崎県の取り組みのエピソードは、先生が長年尽力してきただけに熱く、心に残る。

 未知なる胎児の世界は、知れば誰かに話したくなる。

(ミシマ社・2052円)

<最相>1963年生まれ。ノンフィクションライター。

<増崎>52年生まれ。長崎大病院長。

◆もう1冊 

三木成夫著『胎児の世界−人類の生命記憶』(中公新書)。1983年刊行のロングセラー。

 

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