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【書評】

残りものには、過去がある 中江有里著

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◆掘り下げて見えてくる魅力

[評]石井千湖(書評家)

 結婚式に出席するとついつい周囲を観察してしまう。新郎新婦は幸せそうか。どんな人が招かれているのか。中江有里の『残りものには、過去がある』のように不可解なことを見つけたら、気になって仕方ないだろう。ある披露宴を、立場が異なる六人の男女の視点で描いた小説だ。

 最初の章の主人公は新婦の友人代表として祝辞を読む予定の栄子だが、冒頭で驚くべき事実が明かされる。栄子は新婦と面識はなく、金で雇われた<レンタル友だち>なのだ。汗っかきでムーミンに似ている四十七歳の花婿と、美しい妖精のような二十九歳の花嫁。花婿は清掃会社の社長で、花嫁は契約社員らしい。お金目当てと揶揄(やゆ)される格差婚、仏頂面(ぶっちょうづら)の親族、ニセモノの友だち……。不穏な空気が漂う会場を眺めつつ、栄子は自らの結婚生活にまつわる悩みに思いを馳(は)せる。ちょっとしたトラブルが引き金となって、栄子の心のなかのわだかまりがとけて、祝辞の内容も変わるくだりが秀逸。

 不妊治療、離婚、引きこもりなど、登場人物の暗い過去を掘り下げながらも、著者が人間に向けるまなざしは清らかであたたかい。特に素晴らしいのが新郎の友之のキャラクター造形だ。社員にも結婚相手にするのは無理と笑われるほど外見は冴(さ)えない。四十七歳まで独身だった<残りもの>だが、読み進めていくうちに、とんでもなく魅力的な男性だとわかっていく。

 例えば友之がある女性にこっぴどく振られたときに返す言葉は忘れがたい。終盤で新婦の早紀が<人を妬(ねた)んだり憎んだりはするけど、あらためて祝福することって滅多(めった)にないよね。つい自分のことで手いっぱいで、人のことなんかどうでもよくって、どろどろしたマグマみたいな感情に自分を支配されちゃう。だからたまには人の幸せを祈りたくなるのかもしれない。たぶん自分を浄化するために、人の幸せを祈っているんだよ。その儀式が結婚式なのかもね>と思う場面も印象に残る。結びの一文にたどりついたとき、心が浄化されて誰かの幸せを祈りたくなる物語だ。

(新潮社・1620円)

 1973年生まれ。女優、作家。著書『ホンのひととき 終わらない読書』など。

◆もう1冊 

 中江有里著『結婚写真』(小学館文庫)。結婚とは、家族とは、幸せとは?

 

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