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【書評】

ノースライト 横山秀夫著

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◆謎を追う建築士の執念

[評]郷原宏(文芸評論家)

 横山秀夫は、誇り高き「仕事人間」の奮闘を描きつづけてきた作家である。松本清張賞を受賞した「陰の季節」、日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した「動機」などの初期短編では、主として県警の警務部を舞台に、階級社会の厚い壁に立ち向かう有能な中堅管理職の矜持(きょうじ)と苦悩をリアルに描き出し、警察小説といえば刑事と公安の物語という従来の常識をあざやかに覆してみせた。

 また日航機墜落事故を扱った長編『クライマーズ・ハイ』では、地方紙デスクの熱い記者魂を描き、英国推理作家協会のインターナショナル・ダガー賞の最終候補になった『64(ロクヨン)』では、捜査畑から異動した警務部広報官の視点から未解決誘拐事件の裏面を描いて各誌の年間ベストミステリー・ランキングを席巻した。

 職種や状況こそ違え、そこに一貫していたのは、職務に忠実であるがゆえに孤立せざるをえない男たちの怒りと悲しみである。彼らの圧倒的な存在感をつくり出したものが、作者自身の誇り高き職業意識だったことはいうまでもない。

 『64』から六年ぶりに刊行された本書も、無論例外ではない。青瀬稔は大学の建築科を中退して大手建築事務所で働いていたが、バブルの崩壊と同時に失職し、インテリアプランナーの妻と離婚した。中学生の一人娘と月に一度会うのを楽しみにしている。

 所沢で小さな設計事務所を経営する学友に拾われ、注文に合わせて図面を引く日々。久しぶりに血をたぎらせたのは信濃追分(おいわけ)のY邸の設計だった。「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」と依頼されて設計した「北向きの家」は『平成すまい二〇〇選』にも選ばれた自信作だったが、施主一家はなぜか新居に住んでいなかった。

 無人の家に一つだけ置かれていた「タウトの椅子」を手がかりに「Y家の謎」と建築家ブルーノ・タウトの足跡を追う青瀬の前に、やがて意外な真相が明らかになる。

 この物語の結末は比類なく美しい。小説の名手、横山秀夫は健在である。

(新潮社・1944円)

1957年生まれ。作家。著書はほかに『半落ち』『第三の時効』など。

◆もう1冊

篠田真由美著『燔祭(はんさい)の丘−建築探偵桜井京介の事件簿』(講談社文庫)

 

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