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【書評】

ブックショップ ペネロピ・フィッツジェラルド著

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◆町に書店を 夢と現実の間で

[評]辻山良雄(書店「Title(タイトル)」店主)

 この小説はイングランド東部の片田舎で、その町はじめての書店を開いた女性フローレンスの物語。町に書店ができるのだから、そこに住む人は喜ぶかと思いきや、町の有力者からは次々と手の込んだ邪魔が入り、住人はその嫌がらせを遠巻きに見守っている。小説は徹頭徹尾、そのようなリアリズムで貫かれており、そこには「小さな書店に集まる人々の、心温まる物語」といった、おあつらえ向きのストーリーは存在しない。

 書店経営の仕事は「人の心を養う」といった、ロマンティックな側面で語られる場合が多いが、他の多くの商売と同様に、採算が取れなければ続けていけないし、そもそも本に関心のない人にとって、そのロマンはわからないものだ。そうした苦い<現実>は多くの場合、文学の話題になることはないが、フィッツジェラルドは現実を臆することなく見つめ、それと向き合う人を、共感を持って書いた。その筆致は簡潔であり、主人公に安易な赦(ゆる)しを与えない。

 しかしわたしたちは実人生において、時としてこの物語にも似た苦さに直面する。作品を読むあいだ、励まされている気にもなるのは、ここにはそうした人生の真実が描かれているからではないか。

 本が好きな人にとって書店とは、自身の人生を癒やす場所だ。そこに並んでいる本を手に取り、静かにその場所と同調していくあいだに、孤独な心は慰められていく。文中に並ぶ書名からは、フローレンスの店が良心的な書店であり、読むべき本がたくさん並んでいることをうかがわせるが、そのような書店の幸福な風景も描かれている。

 フローレンスの開いた書店が存在したのは二年にも満たない期間で、それは一見現実に負けたように見えるかもしれない。しかしいまの時代においても、フローレンスがしたように、個人で書店を開こうとする人は存在する。そのあいだに直接の関わりはないかもしれないが、本のある場所を作ろうとする志は、きっと別の誰かに引き継がれていく。それを考えれば、彼女は負けたわけではないだろう。

(山本やよい訳、ハーパーコリンズ・ジャパン・1836円)

1916〜2000年。英国を代表する作家。『テムズ河の人々』でブッカー賞受賞。

◆もう1冊

田尻久子著『みぎわに立って』(里山社)。熊本の橙(だいだい)書店店主のエッセー。

 

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