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【書評】

生還 小林信彦著

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◆老いる体と心 見つめる

[評]永江朗(あきら)(フリーライター)

 作家、小林信彦は、自宅で脳梗塞を起こし、救急車で搬送された。幸い命はとりとめ、入院と転院、そしてリハビリの日々が続く。ようやく退院したものの転倒。大腿部(だいたいぶ)を骨折してしまう…。『生還』は発病から一年あまりのあいだ、著者の身に起きたことがらを描いた作品である。

 病気やけが、そして老いによって、自分の身体が思うように動かなくなる。昨日できたことが、今日はできない。変化するのは身体だけではない。何が起きるのか、小林は詳しく描いている。

 たとえば「壊(こわ)れる私」という章に次のような文章がある。<病院にいる時から、テレビで古い映画を観(み)て感動したりすると、以前(まえ)だったら涙を流すところで、笑うようになった。そうした時、うろたえた私は(自分は壊れたらしい……)と考えた。脳に異常が起るとはこういうことなのだろうか? それは、やがて、涙を伴うようになり、今では泣き笑いになっている。それも、中途半端な。>

 文章はきわめて冷静である。身体の変化と感情の変化を客観的に見つめている。「自分は壊れたらしい…」と考えた自分を観察しているのだ。そこには事態のさなかにいる作者と、その自分自身から少し距離を置いて観察する作者が共存している。生死の境にあり、運動の自由を奪われていても、小林信彦は複眼の観察者でありつづけている。この章の終わりには、自宅で転倒して骨折するまでの経緯も詳しく書かれている。

 闘病記、闘病小説であるにもかかわらず、暗さや湿った重さを感じない。もちろん作者の身の上に次々と起こることは気の毒としかいいようがない。痛いだろうな、苦しいだろうな、と思うところがたくさんある。だが「生還」という作品名にもあらわれているように、伝わってくるのはもっと積極的なものだ。

 病気やけがや老いによってできなくなることはある。だが、できることはたくさん残っているし、できなくなることによって見えてくるものもたくさんある。この作家の次の作品を、はやく読みたい。

(文芸春秋・2160円)

1932年生まれ。作家。著書『うらなり』『東京少年』など。

◆もう1冊

小林信彦著『おかしな男 渥美清』(ちくま文庫)。出会いから始まる名優伝。

 

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