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【書評】

帝国ホテル建築物語 植松三十里(みどり)著

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◆歴史に残る仕事に挑む

[評]末國善己(文芸評論家)

 一九二三年竣工(しゅんこう)の旧帝国ホテル本館は、世界的な建築家フランク・ロイド・ライトが設計した。その評価は高く、一九六〇年代にホテルの建て替えが発表されると保存を求める声が高まり、建物の一部が愛知県犬山市にある博物館明治村に移築されている。

 『黒鉄(くろがね)の志士たち』など技術を題材にした歴史小説に定評のある著者が、旧帝国ホテル本館の建設に挑んだ男たちを描いたのが、本書である。

 ニューヨークの古美術商・山中商会で働いていた林愛作(あいさく)は、渋沢栄一の依頼で、経営が悪化していた帝国ホテルの支配人になる。徹底した改革で再建に成功した愛作は、ホテルの新館の設計を、古美術商時代の知人で日本文化に造詣が深いライトに依頼する。

 ここから本格的な建設が始まるのだが、完璧主義者のライトは何枚も設計図を書いては修正し、煉瓦(れんが)の色や内装の細工にまでこだわるので、工事は遅々として進まない。

 ライトが求める黄色い煉瓦は、常滑(とこなめ)の天才的な職人・久田吉之助(ひさだきちのすけ)が開発していた。ところが吉之助は金と酒にだらしなく、煉瓦を送ってこなかった。またライトは、川の暗渠(あんきょ)などに使われていた大谷石(おおやいし)をホテルの内装に使うのだが、妥協を許さないため石工と揉(も)めることもあったようだ。

 こうした建設秘話は読んでいるだけで面白いが、久田の死後、煉瓦作りを引き継いだのが伊奈製陶所(せいとうじょ)(現LIXIL(リクシル))であり、ライトが使ったことで大谷石の評価が上がったことなど、帝国ホテルの建設が日本のもの作りに果たした影響の大きさも指摘されているので、近代建築が好きなら興味が尽きないだろう。

 本書の登場人物はホテルの建設に情熱を傾けているが、決して完全無欠ではない。愛作は、高品質を求めて建設費を膨らませるライトと予算削減を求める役員の板挟みになるし、ライトも施主の妻と駆け落ちしたスキャンダルで仕事が激減するなど、それぞれに苦悩を抱えていたのだ。

 登場人物が等身大だからこそ、困難を乗り越え、歴史に残る仕事をする姿が、深い感動を与えてくれるのである。

(PHP研究所・1944円)

1954年生まれ。作家。著書『千の命』『かちがらす』など。

◆もう1冊

植松三十里著『繭と絆−富岡製糸場ものがたり』(文春文庫)

 

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