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【書評】

親の「死体」と生きる若者たち 山田孝明著

◆ひきこもり当事者の衝撃報告

[評]佐藤直樹(九州工業大名誉教授)

 二〇一八年一月に札幌市中央区のアパートの一室で、母親(82)と娘(52)が遺体で発見された。娘は長年ひきこもりの状態にあり、収入は母親の年金のみ。生活はひどく困窮していた。飢えと寒さで母親が先に亡くなり、その後に娘が衰弱死したとみられる。

 五十代のひきこもりの子と八十代の親が社会的に孤立し困窮する、いわゆる「八〇五〇問題」。中には、母親の遺体を放置したために、息子が死体遺棄容疑で逮捕されたケースすら起きている。本書は、家族支援の市民の会を主宰する著者と、ひきこもりの当事者によって書かれた、壮絶な現場からの衝撃的な現状報告だ。

 孤立と困窮が深まる絶望的な現状に対して、これまで「対策の急務」が叫ばれてきた。だが、一四年度の小中学校の不登校児童・生徒の総数は十二万人以上。その二十三年前は六万人台。この異常な増加に対する施策は十分か。本書は「子供視点・若者視点が欠落して、行政がしたい支援をしている」と批判。そして「もう手遅れだと思う」と断言する。なぜか?

 これほどまでにひきこもりが深刻化したのは、この二十年の間に社会に「発達障害」という言葉が蔓延(まんえん)し、不登校問題を個人に押しつけ、子どもを学校から排除する自己責任論が強まったこと。その結果、「コミュニケーションが苦手」と訴える若者が増え、仲間や集団のなかで安心していられる場所がなくなったからである、と。

 最新の内閣府の推計によると、四十〜六十四歳のひきこもり状態にある人は六十一万三千人。総数でなんと百万人以上になるという。この深刻な事態に、何か対策があるのか?

 本書は「手遅れ」としつつ、それでも希望を捨てていない。行政機関やケアマネジャーなどがチームを組み、「社会的な善意の介入を行うことが不可欠」だという。なるほどね。いよいよ「見て見ぬふり」をやめ、「いらぬおせっかい」が真に必要な時代がやってきた、ということなのだろう。

(青林堂・1512円)

1953年、名古屋市生まれ。40〜50代のひきこもりの子を持つ家族を支援する「市民の会エスポワール」主宰。

◆もう1冊

池上正樹著『大人のひきこもり−本当は「外に出る理由」を探している人たち』(講談社現代新書)

 

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