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【書評】

夢見る帝国図書館 中島京子著

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◆継がれる知性、繋がる人

[評]伊藤氏貴(文芸評論家)

 「図書館」とは建物ではない。機能である。どんなに壮麗な建造物であっても、中に書物がなければ、あるいはあっても駄本ばかりであれば、はたまた見事な蔵書を誇ったとしてもそれが利用者に供されないのであれば、立派な図書館とは言われない。

 たんに為政者や好事家の道楽による蔵書としてのライブラリーでなく、ある時代の知性が後の世代の知性へと受け継がれる、いわば夢を繋(つな)ぐ場所としてのビブリオテークが日本ではじめて構想されたのは明治に入ってからだった。「書籍(しょじゃく)館」「東京書籍館」「東京府書籍館」「東京図書館」と次々に名を変え、場所も湯島から上野に移る、後の「帝国図書館」はしかし、順調に発展したわけでは全くなかった。相次ぐ戦争のために予算を削るだけ削られ、そのなかでも館員たちがいかにして蔵書と利用者サービスに奮闘したか、そしてそこからどれほど多くの文豪たちが恩恵を受けたか、がエピソードとして合間合間に挿入される。

 だが、物語の中心は、この「帝国図書館」の歴史を主軸に物語を紡ごうとする、年の離れた二人の女性たちだ。終戦直後、親と生き別れになり、上野で若い男性二人に育てられた喜和子は、そのうちの一人にリュックに入れられてこっそり図書館に連れて行ってもらう。彼女の思い出を含めた夢とも現実ともつかない物語を、新米小説家の「私」が小説として完成させようとする。ここにもまた受け継がれる夢がある。

 他にも古書が繋ぐ人の縁があり、それを通じて、女性にとって非常に厳しい時代を生きた喜和子の人生の謎が明かされ、さらには、戦後、新憲法制定に際して、この図書館が女性の地位向上にどれほど関わったかが語られる。

 どれほど内装に凝っても、洒落(しゃれ)たカフェを併設しても、古びた情報誌をかき集めて並べたような図書館ではこうした物語は生まれない。多くの人が夢を託した図書館は、それ自体が大きな夢を抱くかのようだ。それを受け継いでいくかどうかは、利用者であるわれわれにかかっている。

(文芸春秋・1998円)

1964年生まれ。作家。著書『小さいおうち』『長いお別れ』など。

◆もう1冊

モーリーン・サワ著『本と図書館の歴史−ラクダの移動図書館から電子書籍まで』(西村書店)。ビル・スレイヴィン絵、宮木陽子・小谷正子訳。

 

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