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【書評】

美しく呪われた人たち F・スコット・フィッツジェラルド著

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◆華麗なる夫婦の崩壊鮮烈に

[評]千石英世(アメリカ文学者)

 二十世紀アメリカを代表する小説を三作挙げるとするなら、フォークナーの『響きと怒り』、そして本作作者の代表作『グレート・ギャツビー』が来る。で、三つめは?

 米国文化の潮流はいつも流動的で、それは政治と連動していて、その政治は人種・ジェンダー・階級・齢差の渦巻く多文化的なのだ。これは即(すなわ)ち大統領選挙文化のことだが、だから三つめはヘミングウェイの『老人と海』かしら? となりそうだが、いいえ、ヘミングウェイはもういいです、代わりに黒人女性作家トニ・モリスンの『ビラヴド』が来てほしいとなる。

 こんな流動のなかでフィッツジェラルドはこの数十年みなおされている作者なのだ。多文化の一つであるWASP文化の悲しみの批判者。WASP=ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント。加えて、男性中心主義。女性を美女性と処女性においてのみ評価する文化だ。そんななか、変化が起きた。代表作は奇跡のごとき名作だったが、主人公の青年は、このWASP即ち「美しく呪われた人」の文化に敗北して砕け散って行く、悲しみの人だったのだ。格差の壁。砕け散ったが、見あげれば光にてらされてきらめいている塵(ちり)である。貧富の壁の「偉大なる」欠片(かけら)だ。本作はそんな名作の直前に書かれた作品である。

 主人公は米国東部上流階級出身の若き知識人、ハーヴァード大出の金持ちの青年。まさにWASPで、詩と酒と美女を愛する。妻は西部実業界の大立者の娘で、絶世の美女にしてWASP。となると、まるでひと昔まえのディズニーワールドだが、そのディズニーが理想としてきた若さと美の王国、白人ハンサム青年と白人美女の二人なのだ。

 だが、なぜかその世界が足元から崩れて行く。本作はそのあられもない崩壊の物語である。しなやかな比喩が華麗に織りなす文章が、その崩壊を鮮烈に描写する。翻訳はその比喩の展開を見事にとらえている。本作あればこそ『ギャツビー』があり、『夜はやさし』がある。そう深く納得させる待望の翻訳である。

(上岡伸雄訳、作品社・3456円)

1896〜1940年。米国の作家。20年に『楽園のこちら側』でデビュー。

◆もう1冊 

フィツジェラルド著『夜はやさし』(上)(下)(角川文庫)。谷口陸男訳。10年近くをかけた長篇小説。

 

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