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【書評】

セレモニー 王力雄(おう・りきゆう)著

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◆ハイテク統治国家の未来

[評]麻生 晴一郎(ジャーナリスト)

 王力雄は、中国が崩壊していく未来を描いた小説『黄禍』をはじめ、民主化・民族問題などをテーマに異色作を発表し続ける北京在住の作家。本書は「独裁権力はテクノロジーを手にすることによって恒久的な体制となりうるか」という問題意識を突きつめた政治SF小説である。

 舞台は近未来の中国。共産党の一党独裁体制はいよいよ盤石であり、テロなどの抵抗活動を未然に防ぐべく、全国民の履く靴にSID(セキュリティ識別子)が埋め込まれ、あらゆる人の行動の追跡が可能になっている。共産党幹部の行動にも監視体制が敷かれ、これらは法の制約を受けない専門チームによって国家主席(名前は出てこない)の意のままに社会が運営できるように供されている。

 本書の登場人物はこうした完璧なまでの監視システムに携わる公務員たちであり、みな自己保身、出世への野心、女性コンプレックスの克服といった個人的な打算の塊である。あらゆる人が完璧に監視される舞台設定の中で、現実の中国さながらの人物たちが行動を起こしたらどのように社会が動くかといったふうにストーリーが展開していく。

 現実にも中国は世界で指折りの監視システムを整えつつあり、中国の政権はいっそう安定しているようにも思える。しかし、本書から思わされるのは、いかに完璧と言える統治システムも、それが党や主席の権力強化といった個人的な思惑の上で築かれ、しかも実際に操作するのが少数の専門家である限り、ちょっとしたきっかけでシステム全体があらぬ方向に導かれ得るもろさを持つ点である。

 こうした緻密かつ強大なシステムが持つもろさは、たとえばセキュリティ体制が完璧なマンションが、その完璧な密閉性がゆえに時に犯罪者に有利に働く死角を持ち得るような身近な話にもあてはまるだろう。結局は人間の心が重要なのであり、IT化が進むこのような時代だからこそ、むしろ他人への思いやり、自分の仕事を尊ぶ気持ちなど、ありきたりな道徳がますます重要なのだとも思わされる。

(金谷譲(かなたに・じょう)訳、藤原書店・3024円)

1953年、中国・長春市生まれ。作家、民族問題研究者。著書『漂流』など。

◆もう1冊 

王力雄著『黄禍』(集広舎)。横澤泰夫訳。

 

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