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【書評】

ぼくを忘れないで ネイサン・ファイラー著

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◆語って、あらわになる魂

[評]岡本啓(詩人)

 「安心毛布」という言葉に、あなたなら何を感じるだろうか。柔らかさ、あるいは温(ぬく)もりだろうか。本書には「安心毛布」がいくどか登場する。主人公マシューの兄サイモンはダウン症だ。生まれたときのおくるみを「安心毛布」として心の拠(よ)り所にしている。みんなに愛されたかれは、けれども、幼くして亡くなってしまう。家族の喪失がこの物語のはじまりだ。

 サイモンの死を心のなかで決着することができないまま、マシューに統合失調症が発症する。たとえば、舌を鳴らしウィンクしながら本を渡す作業療法士を無視できない。「本当の味方なら」「ごく自然に辞典を渡してくれただろう」と疑ってしまうのだ。あなたも、少なからず誰かの言葉尻や仕草(しぐさ)にひっかかることがあるだろう。ただマシューは「物事すべてにたくさんの意味を見つける」「そうせずにはいられない」。

 イギリスが舞台であるにもかかわらず、率直な言葉づかいに、ごく身近な話として惹(ひ)きこまれる。それゆえに本書をめくって読みすすむことは、いうなれば自分自身の「安心毛布」を引きはがしていくことだ。読者は直接、マシューの剥(む)き出しの魂にふれる。

 物語のナイーブさとは裏腹に、招待状、置き手紙など、多様な記述法が用いられる。そこに垣間見えるのは創作を心から楽しむ著者の手つきだ。遊び心に溢(あふ)れながらも散漫にならない。本書が告白文であることも、マシューが治療の一環として己を語るという筋書きと結びついている。

 主人公の家族はもちろん、登場人物たちの多くは介護し介護されるものだ。人間同士の関係性こそ主軸にある。他者への配慮と、そこでのどうしようもなさ、かすかな希望を、著者はこの一冊を通してわたしたちへ耳打ちする。

 著者には精神科看護師の経験があるという。でもそれだけで病が描けるわけではないだろう。著者自身の敏感な眼差(まなざ)しを持ち続ける覚悟と、確かな書く力こそが繊細な内面を克明に表現する。文学の前線に触れたいひとに、ぜひ手にとってほしい傑作だ。

 古草秀子訳(東京創元社・2808円)

1980年英国生まれ。デビュー小説の本作でコスタ賞新人賞と大賞を同時受賞。

◆もう1冊 

フランシス・ハーディング『嘘(うそ)の木』(東京創元社)。コスタ賞大賞・児童文学部門賞W受賞作。

 

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