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【書評】

異能の日本映画史 木全公彦(きまた・きみひこ)著

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◆見逃されがちな作品に光

[評]浦崎浩實(ひろみ)(映画評・劇評家)

 映画評論家、と一口に申しても広うござんして、新作を切った張ったの興行最前線派(惚(ほ)れた腫(は)れた評全盛ですが)を主流に、新作などには目もくれず、“希望は過去にしかない”とばかりの旧作拘泥派。あるいは、名作にしか価値を認めないスノッブ派、つまみ食い派(不肖、ウラサキ)、その他有象無象。

 本書はナイーブな旧作拘泥派たる著者が昨年出した『スクリーンの裾をめくってみれば−誰も知らない日本映画の裏面史』(作品社)の姉妹篇と言えよう。姉篇の方は“裾”つまりは下半身関連だけに爆笑もので、黒澤明『静かなる決闘』がエロ映画に改作された可能性を検討するとか、三國(みくに)連太郎の監督狂騒曲とか、表立って語られなかった秘話でいっぱいだった。

 今回の妹篇も、これまでの映画史から見逃されがちだった映画的事件や作品に光を当てる。全十二章のうち、第一章は映画監督としての佐分利信(さぶりしん)を語り、俳優・佐分利信はどこからどうみても円満で体格立派な健康人間だが、監督作となると「グチュグチュした私小説」をやって、自分を投影しているのでは、と掘り下げる(佐分利ファンだった亡母に聞かせられず!)。

 第二章は俳優ブローカー星野和平について、西武新宿線新井薬師前駅の近くにあったという星野の実家の質屋にはスターがよく出入りしていたらしい、とその質屋と踏切を挟んだ所に実家のあった家人に聞いていたが、事績を詳細に知って、より愛着が湧いた。第三章は清水宏監督と無縁と思われた別々の三人が辿(たど)り辿って、切り結ぶなどミステリもどき。

 このほか、スタンバーグが撮った『アナタハン』の監督補佐、敗戦国日本に対する米国のプロパガンダだが貴重なシベリア抑留者劇映画となった『私はシベリヤの捕虜だった』のプロデューサーを務め、その線上の教育映画を製作した田口修治の足跡や、レッド・パージから甦(よみがえ)る野村企鋒監督の章も面白く、隆盛だった浪曲映画は歌謡映画に移行したという指摘にも納得。著者の資料力に驚くばかりだ。

(彩流社・3240円)

1959年、名古屋市生まれ。映画評論家、編集者。共著『映画業界で働く』など。

◆もう1冊 

四方田犬彦(よもたいぬひこ)著『日本映画史110年』(集英社新書)

 

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