東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書評 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書評】

ハンナ・アーレント 屹立(きつりつ)する思考の全貌 森分(もりわけ)大輔著

写真

◆思想の総体 丹念に描き出す

[評]粂川麻里生(くめかわ・まりお)(慶応義塾大教授)

 ナチス時代のドイツからアメリカに移住したユダヤ系政治哲学者ハンナ・アーレントに対する関心は、研究者の間でも、一般読書人の間でも、近年ますます高まっている。 ただ、この女性思想家の全貌を描き出すのは難しい。彼女は、古代以来の西洋哲学の伝統に深く根ざし、現象学や実存主義などの二十世紀哲学の成果を十分に批判検討しつつ、ナチス時代をその最大の現れとする人間性否定の根源を見極めようとするアクチュアル(同時代的)な仕事に取り組んでいた。

 その仕事はきわめて広い視野をもっていた上に、つねに個々の歴史的事例に即して具体的かつ緻密な考察を行うことを方法論としている。哲学を出発点としながら、純粋に理論的な思弁は拒否したアーレントゆえに、その思考を「要約」することは困難なのだ。

 その点、政治学者・森分大輔氏の手になる本書は、ここ十年ほどで数冊出た類書の中で最新であるにふさわしく、コンパクトな新書ながら丹念な仕事によって「アーレントの思想」を総体として描き出すことに成功している。

 各章は最初期から最晩年にいたるアーレントの主要著作のタイトルがそのまま見出しとなっており、「『アウグスティヌスの愛の概念』−哲学という源流」、「『ラーエル・ファルンハーゲン』−ユダヤ人問題」、「『全体主義の起原』−人間性への軽蔑」、「『人間の条件』−政治哲学の伝統」、「『革命について』−自由の設立」、「『エルサレムのアイヒマン』−悪の凡庸さをめぐる考察」、「『精神の生活』−他者とともに生きる」というふうに、各著作を(相互に関連づけながら)丁寧に読み解いていく。

 各書物の重要な議論や洞察も(「官僚制」の起源は英国の植民地支配にあり、それゆえ必ず秘密主義に傾く、など)具体的に描き出している。

 本書によって読者は、なぜ「民主的」であるはずの現代政治が「人間」や「人権」を否定する方向に動こうとするのかを洞察する、たしかな足場を得ることになろう。

(ちくま新書・950円)

1968年生まれ。聖学院大准教授。著書『ハンナ・アレント研究』など。

◆もう1冊 

矢野久美子著『ハンナ・アーレント−「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(中公新書)

 

この記事を印刷する

PR情報