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【書評】

回想の伊達得夫(だて・とくお) 中村稔(みのる)著

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◆たえて拓いた詩界の水路

[評]井坂洋子(詩人)

 近年、続けて萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)、石川啄木(たくぼく)、高村光太郎などの評伝を上梓(じょうし)している九十二歳の著者の、衰えを知らぬ筆力にまず驚かされる。「伊達得夫」とは、戦後に詩書出版社として書肆(しょし)ユリイカを立ちあげ、多くの名詩集を出版し、詩界に新しい水路を拓(ひら)いた人物だ。著者も第一詩集を書肆ユリイカから出しているが、伊達より七歳ほど若い。彼の人柄に魅(ひ)かれ、無口だが相手の立場に立って物を考え、「つねにたえる人」であった彼に、なぜそうであったのかと疑問の投網をかぶせている。

 冒頭で、肝硬変で亡くなる伊達を見舞う話をしているが、そのやつれは病や仕事の心労からだけではないことをかぎとっている。伊達得夫とはほんとうはどのような人間であったのか。伊達の書いた『詩人たち−ユリイカ抄−』や、京大時代の大学新聞や同人誌に発表された文章、日記など貴重な資料を引用しつつ検証していく。

 本書の文章は明晰(めいせき)で、ある速度を伴っている。謎を解くための速度と言ってもいいだろう。各章に起伏はあるが、最後の山場(やまば)は戦争体験記である。「『英雄的』な兵士ないし戦死を夢みていた」うら若き伊達は、内モンゴルの地へ初年兵として赴く。そこで俘虜(ふりょ)を斬り殺すくだりが出てくる。「もつと生理的、もつと動物的な生き方だけが、此処(ここ)では要求されてゐた」という伊達の文章の引用に、胸が衝(つ)かれる思いがする。

 著者はここにひとりの人間を描いた。思いやりに満ちた誠実な男、彼は現代詩史の上で重要な役目をし、僅(わず)か四十歳で亡くなった。若いころに思わぬ体験をし、心労を負いつつ、よく自分と闘った。戦争とは何かという問いかけにもなっている本書は、読み進むうちに前のめりになる。

 伊達をめぐりさまざまな人物が交錯し、ドラマで言えば群像劇のような面白さもあって、著者のユリイカ(=われ発見せり)の会心作、とまとめたいところだが、何かこの本には一筋の気高さが流れている。伊達得夫を埋葬しなおすような書き手の特別な思いを感じさせられる。

 (青土社・1944円)

 1927年生まれ。詩人、弁護士。著書『言葉について』『故旧哀傷』など。

◆もう1冊 

 中村稔著『私の昭和史・完結篇』(上)(下)(青土社)

 

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