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【書評】

さよならの儀式 宮部みゆき著

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◆悪人すら優しさで包む

[評]長山靖生(文芸評論家)

 宮部さんの小説は、ミステリーであれ時代小説であれ、どれも面白いこと請け合いだが、弱者にやさしすぎるところがある。些細(ささい)な、しかし切実な人間の悲しみに寄り添い、時には悪人すら包み込む深い慈愛と洞察が、そこにはある。だから宮部さんの小説を読んでいると、匿名ネット社会的な刺々(とげとげ)しい感情が洗い流され、ほろりとしてしまう。恥ずかしいけれども、私は本書を読みながら何度か涙を流した。ホント、罪な人だよ。

 本書は八篇からなる作品集だが、それぞれ現実とは少しずれた不思議な世界を舞台に「私たちの問題」を描いている。巻頭の「母の法律」は、児童虐待に走る親から被害児童を切り離して養父母に預ける「マザー法」が制定された世界の話。法に則(のっと)って実の親による虐待などの記憶を消去され、心から子供たちを愛してくれる養父母の下で育った主人公は、しかし実の親の生存を知って理不尽な心の泡立ちを覚える。

 また表題作「さよならの儀式」は、機械にすぎない人型ロボットに家族のような情愛を抱く人々を冷ややかに眺める技術者の話だ。前者では虐待する親が、後者では冷淡な技術者が「悪人」になりがちだが、本書はそう単純ではない。どのように寄り添って涙するかは読者次第だ。

 さらに、かつて「少年A」と呼ばれた元犯罪者の不思議な言動をめぐる「聖痕」には哲学的な問いが込められている。たぶん私は、これから何度もこの作品を読み返し、考え続けることになるだろう。

 「戦闘員」の老人は、見方によっては悲惨な存在だが、奇妙なシンパシーを感じた。この老人は秘(ひそ)かに孤独な戦いを繰り広げている。いわば彼は現代のドン・キホーテ、とんだ道化である。しかし、このドン・キホーテは楽しそうだ。もしかしたら彼はとてつもない賢者で、引退後の味気ない日常を意味あるものに変え、充実させる天才なのかもしれない。ちょっと私もやってみたい。人知れず、誰にも迷惑をかけずに。何を?って、それは読んでのお楽しみ。何しろ作戦行動なのだから。

 1960年生まれ。作家。著書『名もなき毒』『ソロモンの偽証』など。

 (河出書房新社 ・ 1728円)

◆もう1冊 

 宮部みゆき著『蒲生邸(がもうてい)事件』(上)(下)(文春文庫)。日本SF大賞を受賞した長篇。

 

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