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【書評】

女たちのテロル ブレイディみかこ著

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◆支配を拒み闘った文子たち

[評]梯(かけはし)久美子(ノンフィクション作家)

 関東大震災後、同志で恋人だった朝鮮人・朴烈(パクヨル)とともに検束され、大逆罪で死刑判決を受けたアナキスト金子文子(ふみこ)。恩赦で無期懲役となるが、転向を拒んで獄死した。鶴見俊輔が「国家に対してひとり立つもの」と評した彼女の生涯を、いま最も注目される書き手が鮮烈に描いた。

 疾走する文体がまず素晴らしい。どん底の境遇から独力で学び、自前の思想を掴(つか)みつつあった二十三歳で死なねばならなかった文子。朴と引き離され、ひとり無残な死をとげた彼女を、著者は悲劇のヒロインとして描かない。不羈(ふき)で不遜で時に虚無的、しかし輝くようなエネルギーで自分自身を生きた女として、新しく、カッコよく、パンクによみがえらせるのだ。 

 それによってあぶりだされるのは、自由に生きる意志を抑えつけようとする国家の、うんざりするような辛気臭さとみっともなさである。

 構成にも工夫が凝らされている。文子だけを描くのではなく、同時代を生きた二人の女を登場させているのだ。

 イングランドの女性参政権運動の闘士エミリー・デイヴィソン。アイルランド独立運動のイースター蜂起にスナイパーとして参加したマーガレット・スキニダー。日本ではなじみのない人物だが、抵抗し、反逆し、自分自身であることを決して手放さない姿勢は、文子と共通している。

 著者は三人の女性の人生を、別々にではなく並行して描いていく。海の向こうで、それぞれに闘って生きた女たちとともに語られることで、文子の存在は歴史の中に位置づけられる。

 闘う者はいつだって一人ではない。たとえ、冷たい獄の中で誰にも看(み)取られずに死んだとしても。今から百年前、海を越えて、女たちの見えない共闘があったことを思うと、胸が熱くなる。

 だが忘れてならないのは、文子のこの知性、この自由な魂を生かせなかった世界の続きを私たちは生きているということだ。あらゆる支配を拒否して闘い続けよ、という文子と著者の挑発が、行間からきこえてくる。

(岩波書店・1944円)

1965年生まれ。ライター。96年から英国在住。著書『労働者階級の反乱』など。

◆もう1冊 

金子文子著『何が私をこうさせたか−獄中手記』(岩波文庫)

 

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