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【書評】

南方からの帰還 日本軍兵士の抑留と復員 増田弘著

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◆連合国軍の方針 資料から解明

[評]成田龍一(日本女子大教授)

 アジア・太平洋戦争の敗戦時、約六百五十万人の日本人が海外にいた。民間人の「引揚(ひきあげ)」はようやくあきらかになりつつあるが、半数以上を占める旧日本軍人約三百五十万人の「復員」は、まだ全容がみえてこない。他方、シベリアを中心とする「抑留」こそ論じられるものの、「南方」での様相はまだまだ不透明である。本書はここに切り込み、東南アジアにおける旧日本軍の将兵たちの「抑留」と「復員」を主題とした。

 連合国軍は終戦に伴い彼らを抑留したが、事態が複雑となるのは、地域によって管轄が異なるからである。イギリスがビルマ・タイ・マレー・シンガポール、オランダはインドネシア、オーストラリアは東部ニューギニアなどを管轄する。そしてもっとも多くの戦死者を出したフィリピンは、アメリカ軍の管轄下にあった。地域によって差異があり、連合国軍内にも、英・蘭軍と米軍のあいだには抑留方針をめぐる対抗がみられた。

 著者は、イギリス国立公文書館やアメリカのマッカーサー記念図書館をはじめ、各国の公文書館で資料をたんねんに収集、日本でも防衛研究所図書館や外務省外交史料館所蔵の文書を渉猟(しょうりょう)し、各地域における各国政府と各国軍による旧日本軍人抑留と復員の方針・計画を解明する。戦闘の停止から降伏、武装解除、収容所入り、戦犯裁判、労働使役の過程が明かされ、帰還が容易に進まない状況が記される。この間、復員船の配船や燃料費の負担をめぐるやりとりがあり、日本政府が要望を出すなど国際的な駆け引きがみられ、帰還の方針が二転三転したのである。そのため英軍管轄下では一九四六年九月まで復員が進められたが、その後残留を強いられた将兵は四八年一月に復員が完了するまで労働に従事させられた。

 本書は、広く国際的な視野から、東南アジアにおける連合国軍それぞれの復員方針とその実施の過程をあきらかにし、抑留し労働をさせた政策とその背景を詳細に解明した。「南方からの復員」の全体像に接近する大きな地歩を築いたといいうる。

(慶応義塾大学出版会・2916円)

1947年生まれ。政治学者。著書『石橋湛山研究』『自衛隊の誕生』など。

◆もう1冊

長勢(ながせ)了治著『シベリア抑留−日本人はどんな目に遭ったのか』(新潮選書)

 

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