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【書評】

地中海の十字路=シチリアの歴史 藤澤房俊(ふじさわ・ふさとし)著

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◆眠りと覚醒 揺れ動いた島

[評]和田忠彦(イタリア文学者)

 本書は、イタリア史研究を日本において牽引(けんいん)してきた著者によるグローバル・ヒストリーとしてのシチリア史記述の試みである。「地中海という広域の文脈」のなかで「広範囲な相互連関と人種・宗教・文明が重層的に交錯するシチリアの歴史的特徴を明らかにする」ことにより、「ヨーロッパ中心の世界とは異なる歴史が見えてくる」…この確信めいた展望のもと、紀元前八世紀から約三千年の概観が読者に手渡されていく。

 たとえば通常、フランス支配に対するシチリア人の反乱として捉えられる一二八二年の復活祭の事件「シチリアの晩祷(ばんとう)」は、イスラームからノルマン人へと継承されたシチリア王国との断絶を印(しる)す「シチリア史の分水嶺(ぶんすいれい)」であり、以降、シチリア島が第三章の表題に謳(うた)うように「長くて、深い眠り」に就く契機となったと著者は見る。

 この見立てのもと、島にその後ルネサンスが興らなかったこと、時代に逆行して異端審問所が設けられ「キリスト教世界の防波堤」に、ついで大航海時代に「ヨーロッパの周縁」と化し、神聖ローマ帝国支配の時代には度重なる反乱によって空(むな)しく覚醒が試みられたことが位置づけられる。そして十八世紀、ふかい眠りにあった島にも、啓蒙(けいもう)改革の余波が及び、ゲーテの『イタリア紀行』に代表される「グランドツアー」の流行が、ヨーロッパ人による島の「再発見」を促すことになった経緯を跡づけていく。

 続く第四・五章には近現代史の泰斗(たいと)としての著者ならではの慧眼(けいがん)が各所に光る。とりわけ一八四八年の「諸国民の春」の先鞭(せんべん)をつけたパレルモ革命の挫折がイタリア国家統一運動と島との関係を準備したという指摘と、ファシズム体制と島の両義的で反転可能な関係性こそが第二次大戦後のマフィアとシチリア独立運動の在り様を左右したとの見解には、深い共感をおぼえた。

 ときに狂気をもはらむシチリア特有の個性に最大限の敬意をはらいながら、すぐれて今日的課題である「よそ者」との共生の可能性をも視野に収めた意欲的な著作である。

(講談社選書メチエ・1890円)

 1943年生まれ。東京経済大名誉教授。著書『「イタリア」誕生の物語』など。

◆もう1冊 

 岩村忍著『文明の十字路=中央アジアの歴史』(講談社学術文庫)

 

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