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【書評】

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 大木毅(たけし)著

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◆国防軍の積極的役割を克明に

[評]藤原辰史(京都大准教授)

 ユダヤ人虐殺さえなければヒトラーの今の評価は良かったのではないか、という発言を私は日本で幾度か聞いたことがある。発言者には大企業の社長もいた。国防軍はヒトラーの狂気に振り回されたにすぎない、という発言にいたってはドイツでもよく聞く。

 こんな俗流の歴史解釈は、もう通用しない。本書は、最新の軍事史研究を参考にしつつ、独ソ戦、特にドイツ国防軍が果たした積極的役割を克明に描く。「通常戦争」、ジャガイモから石油まで奪うための「収奪戦争」、ナチスの「世界観」に基づき敵の殲滅(せんめつ)を目指す「絶滅戦争」が「理性なき絶対戦争」に複合する地獄。大量の若者を死へと向かわせるだけの無意味な軍事作戦の遂行。国防軍は、労働力確保のための強制連行、資源の強制的な収奪や現地住民の虐殺にまで手を貸した。そもそも国防軍最高司令部は、独ソ戦の作戦構築にあたってヒトラーの作戦を「唯々諾々(いいだくだく)」と受け入れてさえいた。

 忘れてはならないのは、国家公安本部長官ハイドリヒ直属の悪名高き「出動部隊(アインザッツグルッペ)」への国防軍の協力だ。この部隊は国防軍の後続となり、教師、聖職者、ユダヤ人など占領の障害となる人々を殺害していった。国防軍は、出動部隊とは無関係であると戦後主張していたが、実は出動部隊の連絡を受け、「当該地の封鎖や殺害対象者輸送用のトラックの提供」などの支援をしていたのだ。

 他方で、ソ連はこの戦争を「大祖国戦争」と名付け、ナショナリズムを煽(あお)り、大量の国民を動員した。ポーランドの将校を虐殺した「カティンの森」事件は知られていよう。ロシア人捕虜の扱いもそうだったが、ドイツ人捕虜に対する虐待もひどく、犬猫を食わせ、凍死や餓死による死亡率は非常に高かった。

 著者も意識しているように、本書を読むと、アジア諸地域での日本軍の所業を思い起こさずにはいられない。本書を手掛かりにして、過去ならびに現在の戦争の計画と遂行の杜撰(ずさん)なあり方と、兵士たちが戦う戦場の残酷な実態の乖離(かいり)を知る力を身に付けたい。

(岩波新書・929円)

 1961年生まれ。著述業。著書『「砂漠の狐」ロンメル』『ドイツ軍事史』。

◆もう1冊 

 池内紀(おさむ)著『ヒトラーの時代−ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』(中公新書)

 

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