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【書評】

我々は生命を創れるのか 合成生物学が生みだしつつあるもの 藤崎慎吾著

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◆人工細胞 人体応用への厚き壁

[評]石浦章一(同志社大特別客員教授、東京大名誉教授)

 もちろん、この書名の問いの答えは「いいえ」だ。似せて「作る」のではなく、新しく「創る」という意味では、まだとんでもない、という段階なのである。合成生物学という名前は研究費を取るためにつけられたもので、生命を創ることはできないが、「いつかは創ることは可能」と唱えることで研究費を長期間もらうことができる。

 しかし、私たちのような生命や、過去に生息していたマンモスを人工的に合成することはできないが、似たものを作ることはできるかもしれない。それには単純な生命である「細菌」や、人間ではなくその一部の「細胞」類似物を作るのが一番で、その試みの紹介が本書の狙いである。実際の研究内容は「人工細胞の作り方」なのだが、これではインパクトがなくつらい。

 どうやって細胞類似物を作るかというと、私たちの細胞膜と同じ組成のリン脂質二重膜で囲った小さな細胞膜類似物(ベシクル)の中に細胞の構成成分を入れ込むのである。しかも、その中で人工的にタンパク質を作らせることまでは可能なのである。あとは生命のしるしであるDNAの複製と細胞分裂、エネルギー物質であるATP(アデノシン三リン酸)を利用した化学反応、細胞の成長などの機能が備わればいいのである。

 言うのは簡単だが、これだけでも難しいのに、生物の特徴である外的環境に応答した複製などができるかどうか、難題が目白押しである。ベシクルの中に大腸菌の中身を入れたら元の大腸菌になるかというと、残念だがこんな簡単なこともできないのだ。そもそも人工細胞の安全性確認の必要性を考えると、人体への応用にはかなりの制限がかかることを覚悟しなければならない。

 「キッチンで人工細胞」というキャッチフレーズはなかなか魅力的だが、ある研究者が言うように「ATPを生物抜きでつくるのは非常に困難」なのに、そもそもATPの起源はどうするのかという問題も出てくる。混沌としたこの分野、生き残るかどうかの瀬戸際である。

(講談社ブルーバックス・1188円)

1962年生まれ。作家、ノンフィクションライター。米メリーランド大修士課程修了。

◆もう1冊 

須田桃子著『合成生物学の衝撃』(文芸春秋)

 

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