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【書評】

神の島の死生学 須藤義人(よしひと)著

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◆弔いの作法としての祭り

[評]川村邦光(宗教・民俗学者)

 沖縄を旅した民俗学者の折口信夫(しのぶ)は、そこに「生活の古典」が生きていると実感し、海の彼方(かなた)の他界「ニライカナイ」から時を定めて訪れる神をマレビト(来訪神(らいほうしん))と呼んだ。宮古島のパーントゥや秋田のナマハゲなど、マレビトを迎える伝統行事が昨年、「来訪神−仮面・仮装の神々」としてユネスコの無形文化遺産に登録されている。

 著者のテーマは、沖縄の島々の祭から死生学を構築することにある。神々の祭は二十にも及ぶが、近年、その担い手が少なくなってきたという。高齢少子化の波がもろに押し寄せているのだ。

 「神の島」として有名な久高島(くだかじま)も例外ではない。だが、付録のDVD『イザイホーの残照』に記録されているように、日々の暮らしの中で神々の祭は生きている。民俗消滅の危機は、やり繰り算段して乗り越えられている。

 パーントゥや八重山諸島のアンガマなどの仮面祭祀(さいし)で、青年たちの扮装(ふんそう)したマレビトは、豊作・豊漁、家や地域の安泰・繁栄といった世果報(ユガフー)を授けるために毎年訪れる。子孫の繁栄を見守る祖先霊もマレビトになる。

 葬法は風葬、土葬、火葬へと変遷しながらも、葬儀や盆は祖先霊へと変容していくための儀礼として懇切丁寧に続けられてきた。そこには生者が死者と絶えず交流して繋(つな)がり、互恵的な関わりを続けていくことができるとするコスモロジー(宇宙論)がある。

 数年前、八重山諸島の小浜島へウークイ(送り盆)を見に行った。若者を中心にして、各家を回って踊り、午前零時を過ぎると、頭に巻いた鉢巻きを白から赤へと替える。この世を訪れた祖先を歓待して送ると、人も地も新たな霊力を授けられて更新されていく。そうした世界が目の前で繰り広げられていた。

 だが“リゾートと基地の島”となった沖縄は、資本や軍事に食い荒らされ、現状は厳しい。本書には貴重なフィールドワークの成果が凝縮されている。よりよい弔いの作法を営み続けている島人たちの死生観から、あらためて学ぶことができるはずである。

(芙蓉書房出版 ・ 3850円)

1976年生まれ。映像民俗学者。著書『マレビト芸能の発生』など。

◆もう1冊 

比嘉康雄著『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』(集英社新書)

 

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