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【書評】

わたしの良い子 寺地はるな著

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◆「みんな」「ちゃんと」って何だ?

[評]藤田香織(書評家)

 ハッ、とさせられるタイトルである。「どうして、ちゃんとできないの? 他の子みたいに」と記された帯の惹句(じゃっく)に胸を突かれるのは、身に覚えがあるからだ。かつてそう言われた、そして言ってしまった痛みを思い出す。

 主人公の椿(つばき)は、三十一歳。翌年小学生になる朔(さく)と1LDKのアパートにふたりで暮らしている。朔は椿の五つ年下の妹・鈴菜(すずな)の息子だ。結婚をせずに出産した鈴菜は、椿が「あまりのうさんくささに、めまいを覚えた」男を追って沖縄へ出奔。姉妹の母は既に亡く、椿は置き去りにされた朔を「当面」のつもりで預かり、今に至っている。

 金額に波はあるものの、鈴菜からは毎月送金があり、時々電話もかかってくる。朔は椿を「おばちゃん」と呼ぶ。母親に代わって育ててはいるが、実の親子ではないことを周囲に隠してもいない。そのため椿は、子どもを放り出した妹について、無責任だと詰(なじ)られることも珍しくない。なんであなたが。かわいそうに。自分の人生を犠牲にしてまで、とも。

 保育園で協調性がない、とみなされていた朔は、小学校に入るとさっそくひらがなで躓(つまず)いた。「みんな」が「普通」にできても、朔には難しい物事が毎日の暮らしのなかに積み重なっていく。と同時に、交際六年になる恋人との結婚問題を放置し続けている椿もまた、「ちょっとずれてる」と語られていく。

 世間的には良い母親でも、良い子でも、良い女でもない三人の物語である。けれど、デビュー以来日常小説を書き続け、ともすれば、埋もれてしまいそうな感情をすくい上げてきた作者は、本書でもそうとは感じさせないよう細心の注意を払いながら「良」でも「悪」でも「普通」でもない、個々の在り方を描き出す。

 三人の名前由来のエピソードも地味に巧(うま)い。都合の良い解決はなく問題は山積みのまま。それでも前を向き、歩き続けるのが人生なのだと、しみじみ心が強くなる。「みんな」って何だ? 「ちゃんと」って何だ? 本書から、あなたの答えを見つけてほしい。

(中央公論新社 ・ 1760円)

1977年生まれ。作家。著書『大人は泣かないと思っていた』など。

◆もう1冊 

寺地はるな著『今日のハチミツ、あしたの私』(ハルキ文庫)

 

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