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【書評】

藤森照信のクラシック映画館 藤森照信著

写真

◆西洋の建築潮流 貪欲に再現

[評]太田和彦(作家)

 映画館で年間百本余を見ること五十年。建築、特に様式的西洋建築が好き。そして藤森照信氏のファンである私には願ってもない本が出た。

 エジソン、リュミエールの映画発明直後の明治三十年にはやくも日本で映画上映が始まり、映画は娯楽の王者として君臨、映画だけの劇場が建てられ始める。造りは木造漆喰(しっくい)ながら、明治四十一年、浅草六区にネオ・バロック式に作られた「常盤(ときわ)座」などは<もしこれを石で作れば、パリのオペラ座の腹違いの弟といってかまわない>ほどの威容となってゆく。

 以来、アールヌーヴォー、アールデコ、セセッション、さらにはダダイズムなど、映画館は貪欲に、あるいは安易に西洋の建築潮流を再現。大正九年の「新宿武蔵野館」を一つの頂点に、西欧の様式建築を取り入れた「映画館建築」というものがあったことを、豊富に添えられた当時の写真や図面から浮かび上がらせるのは建築意匠好きにはたまらなく、アカデミックでわかりやすい口調は藤森先生の名講義だ。

 しかしテレビの出現でこれらの大映画館はたちまち消滅する。私が銀座の会社員時代によく通った旧「東劇(とうげき)」の馬蹄(ばてい)型の二階三階客席や豪華なロビーは、映画全盛期のままだった。映画よりも建物の興味で入った浅草「東京倶楽部(くらぶ)」の複雑な館内には映画を見る「夢魔(むま)」を感じた。

 本書口絵に載る、全国にわずかに残る古い映画館を撮影した写真家・中馬聰による新潟県上越市「高田世界館」を訪ねたことがあり、二階客席にずらりと立つ黒塗りのギリシャ風列柱や、多角形の格天井(ごうてんじょう)に圧倒され「ここで映画を見たい」と思った。

 真っ暗な中に浮かび上がるスクリーンを大勢で椅子に座って凝視する映画は、明るい部屋のテレビを寝ころんで見る映画とは「全く」ちがう世界だ。暗闇が基本の状態の建物とは不思議なものだ。向こうが存在する世界であり、こちらは非存在だ。その闇の箱に人々は通い詰めた。「闇」がなくなると同時に「夢」も消えてしまった。

(中馬(ちゅうま)聰(さとし)・写真、青幻舎・2750円)

1946年生まれ。建築史家、建築家、東京大名誉教授。著書『日本の近代建築』など。

◆もう1冊 

藤森照信著『建築探偵の冒険 東京篇』(ちくま文庫)

 

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