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【書評】

終わりなき探求 パール・S・バック著

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◆創造とは?追究した遺作

[評]千石英世(アメリカ文学者)

 人間みな兄弟、これはだれもがどこかで耳にしたことのある名言だが、英語ではAll Men are Brothersとなり、実は中国の伝奇小説『水滸伝(すいこでん)』の英訳タイトルでもある。今も人気の豪傑小説をこの題で英訳したのはパール・バックだった。英語への初訳だ。世界的大ベストセラー『大地』の米国人女性作家である。

 中国へ派遣された米国人宣教師の娘で、中国語が母語。一九三八年、『大地』などでノーベル文学賞を受賞。だが文化大革命の時、中国では禁書となった。影響力が恐れられたのだ。なるほど今読んでも面白い。清朝末期の貧しい農民の向上心を肯定的に描き、魯迅(ろじん)の描いたダメ男「阿Q」の真逆をたどる。

 このパール・バックの遺作は長く所在不明だった。それが発見された。本作である。白人米国人の青年ランドルフは天才的知性の人。六歳の幼き日より科学と芸術に目覚め、自身も創造者たらんとして世界遍歴に旅立つ。弱冠十六歳。すでに大学も中退し、そのままニューヨーク、ロンドン、パリへ。そして兵隊として朝鮮戦争後の三八度線へ。ときに十八歳。除隊後サンフランシスコへ。三八度線の見聞を小説化して文壇デヴュー、一躍メディアと社交界の花形となる。ときに二十歳。

 このように遍歴は実在の地を巡り、歴史的背景もリアルな世界史であるが、物語そのものはファンタジー小説のカラーに彩られている。英国の古城で、またフランスのシャトーで、切ないラブロマンスがあり、軍隊内では司令官夫人との危険な接触がある。といって読み物ふうというのではなく、ラブロマンスには生々しい肉感があり、社交界におけるやりとりにはメディア社会への痛烈な皮肉がある。

 そしてそんななか、創造とは何かを真剣に問うている。作中、物書きには二種類あるという一節。技巧や描写をこらして、それを使いこなす上手な書き手。一方、上手とはいえないが、書かずにはおれない書き手、つまり書く動機が自分自身にある書き手。本作はそんな後者の書き手の遺作たる風格がある。 

(戸田章子(あきこ)訳、国書刊行会・2970円)

1892〜1973年。米国の作家。著書『私の見た日本人』『隠れた花』など。

◆もう1冊 

パール・S・バック著『神の火を制御せよ−原爆をつくった人びと』(径書房)。丸田浩監修、小林政子訳。

 

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