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【書評】

74歳の日記 メイ・サートン著

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◆病とともに 知的で豊かな老い

[評]平田俊子(詩人)

 メイ・サートンはベルギー生まれの女性の詩人、作家である。四歳のとき両親とともにアメリカに亡命し、以後、北東部のニューイングランドで過ごす。著者は多くの詩集や小説を発表したが、それ以外に八冊の日記を残している。一冊目は五十八歳のときの『独り居(い)の日記』。本書は五冊目にあたり、一九八六年四月から翌年二月までの日々が綴(つづ)られている。

 八六年二月のある夜、著者は自宅で脳梗塞を起こして病院に運ばれる。幸い軽かったものの体調はその後もすぐれず、何も書けない日が続いた。そのことが著者を苦しめる。「およそ生きることの意味から切り離され、自分が自分ではなくなってしまった気がし」たことが、本書を書き始める原動力になった。

 同性のパートナーとはすでに離別し、著者は猫や犬と暮らしている。庭仕事にいそしみ、友人たちの訪問を楽しみ、手紙に目を通し、読書する。朗読会に招かれれば、自分で車を運転して遠方にもいく。孤独のようでもあり、満たされているようでもある。二つは対立するのではなく、共存するものなのだろう。

 日記には細々(こまごま)とした日々の記録のほか、書くことへの思いも記されている。「何カ月も具合が悪かったときに、いちばんつらかったのは、詩が生まれなかったこと」と著者はいう。読んだ本の感想や気に入った言葉の引用も多く、書くことと読むことが著者を支えていることがわかる。

 時に人との対立もあれば、手紙の返事に時間を奪われることへの不満もある。怒りを日記にぶちまけるところに親しみを覚える。

 入退院を繰り返しながら少しずつ健康を取り戻し、気力も回復していく。老いについて考える時、著者の知的で豊かな生き方はともし火のような勇気を与えてくれる。

 それにしても著者の朗読会には毎回大勢の観客が押しかけたようだが、そういう時代だったのだろうか。ひとえに著者の人気によるものか。どちらにしても、詩人の端くれであるわたしには羨(うらや)ましい気がした。

(幾島幸子訳、みすず書房・3520円)

1912〜95年。作家、詩人、エッセイスト。著書『独り居(い)の日記』など。

◆もう1冊 

メイ・サートン著『回復まで 新装版』(みすず書房)。つらい66歳の日々。中村輝子訳。

 

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