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【書評】

出雲神話論 三浦佑之(すけゆき)著

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◆謎に満ちた神々の系譜をたどる

[評]佐藤洋二郎(作家)

 合わせて「記紀」と呼ばれるが、古事記で中核をなす出雲神話が、日本書紀にはほとんど出てこない。本書は「古事記と日本書紀とはまったく性格も内容も別の書物である」という観点から、スサノヲやオホナムジ(オオクニヌシ)をめぐる出雲神話について論じている。とりわけ、以前から気になっていた神魂(かもす)神社(松江市)の記述は、大変に興味深いものだった。

 神魂神社の祭神はイザナミと伝えられているが、著者はカムムスヒ(神産巣日神)が祀(まつ)られていると考える。その神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)とともに、造化(ぞうか)の三神として古事記の冒頭に出てくる。神々の祖神という存在だが、葦原中(あしはらなか)つ国の出雲の神々を援助した神ともされている。だがカムムスヒは、出雲国風土記では神魂命と表記されている。天孫系とされるこの神が、じつは出雲族の祖神で出雲神話を成り立たせたとする論考は、新鮮だった。

 一般にわたしたちが神話に関心を示すのは、そこに歴史の一部が内包されていると思っているからだが、その歴史を探り当てるのはなかなかにむつかしい。権力を握った者はその正統性を書き残すし、滅ぼされた者の存在を消していく。敗者の宿命と言えばそれまでのことだが、日本の成り立ちや歴史をもっと知りたいと考えている者から見れば、それらの書物を読めば読むほど、霧に包まれたような気分に陥ることがある。

 神在祭(かみありまつり)で有名な佐太(さだ)神社は、佐太大神だけを祀っていたのが、なぜ現在は多くの神々が合祀(ごうし)されているのか。国引き神話で知られる八束水臣津野命(やつかみづおみつののみこと)は、なぜ日本書紀には登場しないのか。大社造営の基礎となった大柱は、天孫系が造ったのではなく、出雲族の技術ではなかったのか。

 隠すことで、あるいは書かないことによって、畏敬の念や神秘性は増す。そんな気持ちになりながら読了したが、著者の様々な魅力的な提示により、神話の謎を解いていく楽しさがあった。ヤマトに制圧され、時間の堆積の中で消えていく出雲族の悲劇が炙(あぶ)り出されるような労作だった。

(講談社・3960円)

千葉大名誉教授。著書『口語訳古事記 完全版』『風土記の世界』など。

◆もう1冊

梅原猛著『葬られた王朝−古代出雲の謎を解く』(新潮文庫)

 

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