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【書評】

河内(かわち)音頭 鷲巣功(わしず・いさお)著

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◆自由で自然な踊りの魅力

[評]松村洋(音楽評論家)

 河内音頭は大阪府東部、河内地方の盆踊りで親しまれてきた生きのいい音頭だ。一九八五年夏、東京・錦糸町の一角に初めて河内音頭盆踊りの櫓(やぐら)が立った。毎年、師匠格の音頭取りたちが大阪からやって来るこの盆踊りは同地に根を降ろし、今や人出は二日間で約三万人とか。その裏方を務めてきた著者が、本場河内での豊富な見聞をもとに河内音頭の魅力を綴(つづ)ったのが本書である。河内の歴史や方言、節(ふし)や地方(じかた)(伴奏)の特徴、著名な音頭取りと浪曲由来の外題(げだい)(演目)、踊る人々など、河内音頭の世界が縦横無尽に語られている。

 河内音頭には「正調」がなく、即興性が重要だ。太鼓三味線に加え、エレキギターが活躍することからわかるように、自由な同時代性が特徴である。ところが、この音頭を洋楽感覚で楽しんでいた著者は、ある師匠に「河内音頭は音楽ではない」と言われ、衝撃を受けたと言う。

 河内音頭は、音頭取りの節を核にして、太鼓、三味線、ギター、お囃子(はやし)、踊りが相互に作用し、強靱(きょうじん)なエネルギーを生み出す祝祭的集団行為の場だ。私にはこんなぎこちない説明しかできないが、ともかく河内平野で育まれたこの高温多湿(汗をかく!)の集団行為から吹き出す「逞(たくま)しい生命力」を、著者は小気味よいタッチで語っていく。

 一段高い所からのアカデミックな分析ではない。河内音頭は、日々、貯(た)め込まざるを得ない鬱屈(うっくつ)から人びとを解き放つ。音頭取りが詠む言葉は「心の底から『コンチクショウ』と叫んでいる感じだ」と著者は言う。音頭の現場に長く立ってきた人ならではの洞察、この音頭の本質を真っ直(す)ぐに突いた指摘だ。

 また、個性的でありながら調和を保つ自由で自然な踊りの美しさが称(たた)えられる一方、盆踊りを集票に利用するだけの政治家が厳しく批判されている。河内音頭への深い愛情が込められた本書には、洋楽べったりの音楽教育が奪ってしまった私たちの土着の音感に、改めて気づかせてくれたこの音頭に対する著者の感謝の思いがあふれている。

(Pヴァイン発行、日販アイ・ピー・エス発売・3300円)

1954年生まれ。ライター、ラジオDJなど。首都圏河内音頭推進協議会議長。

◆もう1冊 

 大石始著『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)

 

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