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【書評】

深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと スズキナオ著

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◆確かな情感 淡い交流の中に

[評]平松洋子(エッセイスト)

 スズキナオ式。そう呼びたくなるオリジナルな目線と行動。へんてつのない場所を、温泉か銭湯みたいなぬくい磁場に変える。

 三十代半ばで会社を辞め、大阪に引っ越した東京生まれの著者がフリーライターになり、東京−大阪間を頻繁に行き来しはじめる。わざわざ深夜バスを選ぶ理由は「なんとしても交通費を節約」したいから。しかし、片道二千円台の安さとヒマを味方につけ、深夜バスを無限大の宇宙船として楽しみ尽くす様子は、まさにスズキナオ式。いっけん人を食ったような本書の長いタイトルは、チョイ不器用で、型にはまらない自由な生き方の表明でもある。

 目立たない場所、大きな声で語られないところへ足が向き、寄り道しいしい界隈(かいわい)の人々と出会う。神戸の“昼スナック”の話。本物の「家系ラーメン」をもとめて友人の実家を訪ねる話。廃バスを利用して営む和歌山ラーメンの店の話。淡路島のたこせんべいを食べるためだけに、明石から高速船に乗ったりもする。道中の時間はあくまでもユルく、見るもの聞くもの、袖すり合うも多生の縁。しかし、淡い交流のなかに確かな情感があり、生の手触りを実感させる。思えば、この重なり合いが社会というものなのだ。

 世をすねた斜め目線ではないところがすてきだ。動物園を徘徊(はいかい)しながらカネをかけずに酒をちびちび飲んだり、ある日は自分の父に店選びを任せ、東京・人形町の行きつけの店をいっしょにハシゴ酒。後日、酒を飲む意味を問うたときの、父の返事。

「なんであるかを知るために五十年もかかって調べているが、いまだに結論がでない」

 この父にしてこの息子あり。

 読みながら、日本中のあちこちに電球の灯(あか)りが、ぽっ、ぽっ、と点(とも)ってゆく心地を味わう。それにしても、著者が開祖だという「チェアリング」には感じ入った。折りたたみ椅子を気に入った場所に置いて座れば、そこから眺める風景が特別なものとして映りはじめる不思議。軽く口笛吹きながら、流れに棹(さお)さすスズキナオ式の真骨頂だ。

(スタンド・ブックス・1892円)

1979年生まれ。大阪在住のフリーライター。共著『酒の穴』『“よむ”お酒』

◆もう1冊 

大竹聡著『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)。奥多摩から川崎まで歩いて飲む。

 

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