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【千葉】

第1次大戦終結100年 船橋で慰霊祭 死亡ドイツ人弔う

慰霊碑に献花するヴェアテルン駐日ドイツ大使。右はライボルト大佐

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 第一次大戦(一九一四〜一八年)時、習志野俘虜(ふりょ)収容所(習志野市)で亡くなったドイツ人の慰霊碑がある船橋市営習志野霊園(同市習志野二)で十八日、慰霊祭が営まれた。今年は大戦終結から百年目であることから、ハンス・カール・フォン・ヴェアテルン駐日ドイツ大使が参列。「この慰霊祭は両国と両国民を結ぶ、深い友情の表れ」などと述べた。 (保母哲)

 習志野俘虜収容所には、中国で日本軍に敗れたドイツ兵を中心に最大で約千人の捕虜がいた。終戦とともに帰国する際、世界的に流行したスペイン風邪(インフルエンザ)のため、三十人のドイツ兵が命を落としている。収容所の所長で西郷隆盛の息子・寅太郎大佐もこの病気で死亡した。

 慰霊祭は亡くなったドイツ兵を弔うため一九九五年から毎年十一月、県日独協会(金谷誠一郎会長)が主催している。同協会によると、駐日ドイツ大使の参列は初回以来二回目。ヴェアテルン大使夫妻のほか、武官のマティアス・ライボルト陸軍大佐夫妻も参加した。

慰霊祭で演奏する千葉女子高オーケストラ部の生徒と習志野第九合唱団(左後方)=いずれも船橋市営習志野霊園で

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 県立千葉女子高校オーケストラ部の生徒三十八人や、習志野第九合唱団の十五人が奏でるドイツ国歌、収容所内で作られた曲などとともに、ヴェアテルン大使らが慰霊碑に献花。碑は高さ・横幅とも一・〇一メートルで、台座を含めると高さ一・二五メートル。亡くなったドイツ兵の名前が刻まれている。

 ヴェアテルン大使は「第一次大戦終結から百年目の今年は、世界中で戦死者の慰霊祭が行われている。こうした慰霊祭は、戦争を二度としてはならないとわれわれに警告しており、平和と自由を守ることがわれわれの使命だと教えてくれる」と力説。参列した百人余とともに平和を祈念した。

 

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