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【千葉】

<ひとキラリ>障害、世代超えつながる 地域に自宅1階開放 千葉市・田中照美さん(40)

「育ててもらった地域に恩返しをしている」と話す田中照美さん=千葉市若葉区のツリーハウスで

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 千葉市若葉区の田中照美さん(40)は、2013年7月から「Tree house(ツリーハウス)」の名で2階建ての自宅の1階を地域の人に開放している。17年からは自宅近くで月に一回子ども食堂を開く。田中さんは「同じ地域にいても障害の有無や世代が違うと関わらない。人がつながることで、住みやすいまちにしたい」と語る。 (黒籔香織)

 JR都賀駅から北東約六百メートル離れた住宅街に真っ白な家が建つ。縁側のガラス戸を開けると、木を基調にした三十平方メートルの部屋が広がり、キッチンや子どもたちが使える低い机、ホワイトボードがある。

 ハウスは、地域の非営利団体を対象に無料〜五百円程度で貸す。これまで子育て中の母親による料理講座や、生け花サークルのお年寄りらに貸した。「私は地域に育ててもらった。恩返しをする拠点にしたかった」と田中さんは話す。

 自宅の土地ではかつて、田中さんの両親が知的障害者の自立を支援する生活ホームを運営していた。田中さんは三歳から二十代までを最大十人の利用者と同じ屋根の下で暮らした。

 野菜をくれるおばあさんや、利用者のために古着を届けてくれる人など、人とのつながりを自然に築いていた。両親が忙しくて不在のときは、近所の家で夕飯を食べたり、風呂に入ったりと、頼れる大人がいた。

 そのような環境が当たり前ではないと気付いたのは、県外で子育てを経験したときだった。〇六年、結婚を機に千葉市から夫の勤務先の愛知県岡崎市に移住、長女を出産。その後横浜市や宇都宮市で暮らし、次女を産んだ。知り合いはおらず孤立感を味わった。宇都宮市で東日本大震災に遭い、二日間停電した生活を送った経験から地域の人とつながる大切さを実感した。

 震災後、両親から高齢を理由に生活ホームを閉めようと考えていると連絡を受けた。夫に相談した上で一三年、千葉市に戻り生活ホームを引き継ぐことにした。近くに利用者の部屋を借り、食事や病院の付き添いをサポートする形に変え、建て替えた自宅は一部を開放する設計にした。

 田中さんはハウスを通じて知り合った人たちと一七年六月から、JR都賀駅近くの事業所を借りて月に一回「TSUGAnoわこども食堂」を開く。大学生や留学生が携わり、お年寄りが運営費の寄付をしたりと人の輪が広がりつつある。

 田中さんは「知らない人同士では震災などが起きたとき、どう助け合えば良いか分からない。自分の子どもと同じように地域の子どもにまなざしを向けられる地域をつくりたい」と話す。

 

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