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【千葉】

墨古沢遺跡 国の史跡へ 文化審答申、下総佐倉油田牧跡も

墨古沢遺跡=酒々井町で(町教委提供)

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 国の史跡に、墨古沢(すみふるさわ)遺跡(酒々井町墨)と下総佐倉油田牧跡(しもうささくらあぶらだまきあと)(香取市九美上(くみあげ))が登録される見通しとなった。文化審議会が二十一日、登録するよう文部科学相に答申。登録されると、県内の史跡(特別史跡一件を含む)は計三十件になる。 (村上豊)

 墨古沢遺跡は、旧石器時代の約三万四千年前の環状ブロック群で、日本最大規模の南北七十メートル、東西六十メートルに及ぶ。見つかったナイフ形石器などから狩猟の様子が伝わるほか、使用石材は群馬県や信州のもので当時の人々が遠方を移動したとみられる。

 下総佐倉油田牧跡は、乗用馬の養成のため江戸幕府が直轄で経営した。「佐倉七牧」と呼ばれた牧場の一つで、広さは約十平方キロメートルで、外周を囲む土手などの遺構が良好な状態で保全されている。

◆酒々井町・遺跡を歴史公園に 町長「積極的に保存活用」

 酒々井町の墨古沢遺跡は、後期旧石器時代前半期の日本最大級の集落跡だ。年代としては、今回指定される八史跡を含めた全国千八百三十一史跡の中で最古。二十年前の発掘調査で大量の石器が出土して学会の注目を集め、町も歴史公園化を目指してきた。

 石器がまとまって出土する場所が円環状に配置された「環状ブロック群」と呼ばれ、調査で石器の総点数が一万点を超えると予想されている。

 日本に人類が住み始めてから約三千年が経過し、まだ狩猟と採集の時代。墨古沢遺跡の人口は推計百〜百五十人。当時は日本全体で三千人程度とされており、現代なら大都会だ。

 遺跡は埋め戻され、大部分が農地になっている。町は正式指定後、対象範囲約四千平方メートルのうち、民有地約二千五百平方メートルの買収を進め、遺跡の調査指導委員会に歴史公園としての整備に向けた構想を策定してもらう考えだ。

 小坂泰久町長は「町制百三十周年の節目の年に念願がかなった。周辺の好立地、好環境を生かし積極的に保存活用に取り組みたい。拡張現実(AR)のような先端技術で、旧石器時代を立体的に体験できるようになれば」と期待する。 (小沢伸介)

下総佐倉油田牧跡=香取市で(市教委提供)

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