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【千葉】

縄文の家、復元へ 船橋・取掛西貝塚の発掘調査

出土した約7メートル四方の竪穴住居跡。この住居跡では、復元を目指した詳細調査が行われている=いずれも船橋市の取掛西貝塚で

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 国史跡指定を目指し船橋市の取掛(とりかけ)西貝塚で進められている発掘調査で、市教育委員会は七日、新たに縄文時代早期前半(約一万年前)の竪穴住居跡十軒などが見つかったと発表した。同遺跡はこの時期としては関東地方最大級であり、住居跡は計五十二軒になった。一九九九年から八次にわたった調査は本年度が最終年度。市教委は将来的な復元を目標に、一万年前と縄文前期(約六千年前)の住居跡二軒を詳細調査していることも明らかにした。 (保母哲)

 取掛西貝塚では縄文時代早期前半が四十二軒、縄文前期は十六軒の竪穴住居跡が出土していた。本年度の発掘調査は六〜九月に行われ、これまでに縄文早期前半が十軒、縄文前期は二軒の住居跡が新たに見つかった。

 約一万一千年前の井草式土器も、「土坑(どこう)」と呼ばれる穴から発見された。市内では初の出土となり、近くでは矢尻も出土したが、「この土坑の用途は不明」という。仮に竪穴住居跡などが見つかれば、集落の開始時期がさらにさかのぼることになり、東京湾東岸で最古の集落遺跡になる可能性がある。

 市埋蔵文化財調査事務所の石坂雅樹所長は「取掛西貝塚は一万年前と六千年前の竪穴住居が同時に見られる、非常に珍しい遺跡」と話し、「一万年前の住居の構造は、全国的にもほとんど分かっていない」と説明。このため市教委は、両時代の住居の構造を調べるため、本年度は二軒の住居跡の復元を目指した詳細調査を進めている。

 今回出土したほぼ七メートル四方の大型の竪穴住居跡では、柱の穴や炉の跡などを掘り、調査を進めている。発掘時の土は全て一時保管し、水で洗い流すなどして土器片や炭化した木の実といった遺物を採取している。

 国史跡指定に向け、市教委は二〇二〇年度に総括報告書を作成し、早ければ二一年一月、文部科学相宛てに申請する。国の文化審議会で認められれば、最短で二一年度中に認められる見込みという。

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今回の発掘調査で見つかった約1万年前の土器片

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 遺跡説明会が十日午前十時〜十一時半に行われ、市教委職員が出土した土器などを解説する。参加無料で、申し込み不要。現場は東葉高速鉄道飯山満駅から徒歩約二十分。

 問い合わせは、船橋市埋蔵文化財調査事務所=電047(449)7153=へ。

<取掛西貝塚> 船橋市の飯山満(はさま)町から米ケ崎町の台地にある遺跡。面積は約7万6000平方メートル(東京ドームの約1.6倍)。竪穴住居跡やヤマトシジミが主体の貝塚が見つかっており、貝塚を伴った約1万年前の集落では関東地方で最大級。2008年からの第5次調査では、イノシシとシカの頭骨が配置された国内最古の「動物儀礼跡」が出土した。

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