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【千葉】

写真と古絵図で柏の道をたどる 市教委が企画展、18日まで 

現在と同様、柏神社前を通る水戸街道が描かれた柏村の古絵図=柏市で

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 柏市内を巡る道路の歴史を、大正、昭和、平成時代に撮影された写真と、江戸、明治時代に描かれた古絵図でたどる企画展「今につづく柏の道」が十五日、同市のパレット柏市民ギャラリーで始まった。古文書類の複製も会場に並べられ、柏が交通の要衝として発展した経緯を紹介する。十八日まで。

 市に寄託されるなどした写真の分類、整理などを進めているボランティア団体「フォトアーカイブス柏」の協力で、市教育委員会が主催。写真と古絵図計約七十点は、主にA1サイズのパネルにして展示される。

 紹介される道路は旧水戸街道(県道261号、市道など)、国道6号、国道16号、県道8号・船橋我孫子線、県道51号・市川柏線など。中でも江戸初期、江戸日本橋と水戸を結んだ旧水戸街道の変遷は興味深い。

 水戸街道はもともと現在より東側を通り、旅人は手賀沼を舟で往来していた。だが幕府にとって、東北からの攻撃に備え、親藩の水戸藩と連絡を密にする必要がある。安定した陸路を求めて街道は沼の西側に付け替えられたという。

 十八世紀初頭、江戸中期の正徳年間に水戸藩士が記した道中記「駅路鞭影記」には、付け替えルート沿いに、徳川光圀が松を植えるよう命じたとある。闇夜や大雪でも旅人を道に迷わせぬことが目的らしい。江戸後期作とみられる「柏村」の絵図には、現在と同じように、柏神社前を通る水戸街道が描かれている。

 付け替えルートは、大堀川に架けられた橋を渡るが、幕末の安政大地震で、この橋が壊れたことを記録した文書も。一九三五年に付近が冠水した風景をとらえた写真もあり、旅の難所だったことをうかがわせる。

 入場無料。午前十時〜午後六時。最終日は午後五時まで。 (堀場達)

1935年、冠水した水戸街道の呼塚付近(柏市教委提供)

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