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【千葉】

鴨川から聖地巡礼475カ所 江戸時代の農民、全国の神社仏閣参拝

高梨家ゆかりの資料を見学する人たち=鴨川市郷土資料館で

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 江戸時代、日本各地を巡礼した安房国平塚村(現鴨川市平塚)の農民高梨吉左衛門(たかなしきちざえもん)(一六九六?〜一七八二年)が、還暦までの三年間に、四百七十五カ所の神社仏閣を回っていたことが納経帳や日記から判明した。当時の庶民信仰を伝える貴重な内容で、一連の資料は、同市横渚(よこすか)の市郷土資料館で開催中の企画展「江戸明治の寺社めぐり〜鴨川と聖地巡礼」で見学できる。二十九日まで。 (山田雄一郎)

 同館によると、資料は六年ほど前、地元の高梨家で見つかり、昨年寄贈を受けた。民俗文化に詳しい千葉経済大地域経済博物館(千葉市)の専門家が分析を進めてきた。

 納経帳は寺社に経を納め、朱印を押すなどしてもらったもの。吉左衛門は版木を持ち歩き、コピーのように量産した札を奉納していたとみられる。

 納経帳によると、一七五二年二月〜五五年五月、吉左衛門が訪ねた寺社は現在の東北から九州にまたがる。最も多いのは百五十二カ所の「東海道」で、浅草寺(東京)や江の島弁才天(神奈川)、熱田神宮(愛知)などが含まれる。次に続くのが百四カ所の「南海道」で、四国八十八カ所霊場の遍路で知られる善通寺(香川)などの名刹(めいさつ)が確認できる。最も少ないエリアは二十五カ所の「北陸道」「山陽道」となっている。

 市生涯学習課文化振興室の永井宏直主事は「東海道では坂東三十三観音を巡っている。遍路など整備された道を選んで巡礼していたのでは」と推測する。

展示されている巡礼日記の一部(同館提供)

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 納経帳は五二年二月、地元からの旅立ちを記載しているが、日記は前半部分が欠落し、九州からのルートを記録。山陰から北陸方面へ抜け、東北を回って故郷に南下する行路などが示されている。

 吉左衛門は農業を子孫に任せ、巡礼を始めたと伝えられる。日記には、五五年四月、「六十歳になった」とする記述があり、ほどなく巡礼の旅を終えたとみられる。

 日記は、宿泊先や渡し船などの移動手段に触れている一方、旅先で感じたことなど吉左衛門の人となりを示す描写はなく、一種の行動記録となっている。

 永井主事は「旅行感覚の人もいた中、吉左衛門は本気で巡礼していた。まじめな人柄がうかがえる」と指摘する。

 企画展は、計百四点の資料を展示。午前九時〜午後五時。月曜休館(月曜が祝日の場合は翌日)。一般二百円、小中高校生百五十円、鴨川市民・小学生未満は無料。

 問い合わせは、市郷土資料館=電04(7093)3800=へ。

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