東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 千葉 > 過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠】

夏の終わりに オオミズナギドリと南京錠

魚を狙い海面近くを飛行するオオミズナギドリの群れ(堀内洋助撮影)

写真

 夏のあいだ海はもちろん空も雲もピカピカしていたのに、いつの間にか、びっくりするくらいはりあいのない色をした雲がちょっと低い空を海から陸の方向に、そしてその反対側の方向にぼんやり流れていることが多くなった。その二つの方向ばかり流れているわけではないだろうに、ぼくたちが空を見上げるとたいていどっちかなのだ。それはみんなの意見も同じだった。

 「海風と陸風の関係じゃねーか」

 先輩のクマダがそれを聞いてなんだかつまらなさそうに言った。もう一人のハラシマは最初から「海の家のタカラモノ」にこだわっていて「ちょっと本当にやるからな。お前らは外を見張っているんだぞ。誰か知らない人の姿が見えたり、工事関係のトラックなんかがやってきたらすぐおしえるんだぞ」。ハラシマは急にビシビシした口調でそう言いクマダと売店の鍵の様子をじっくり見ていた。

 売店をふさいでいる二枚のベニヤ板はがっちり太いクギが打ちつけてあり、その横のほうの出入り口はラワン材のドアがあり、柱とのあいだに結構大きくて頑丈そうな錠前がかけられていてとても忍び込めそうになかった。

 「用心深いんだな。この休憩所。なんて名前だっけ」

 「オオミズナギドリ」

 ぼくたちの仲間のパッチンがちょっと得意げに言った。

 「ああそうだった。キャアケキャアケなんていつまでもけたたましく鳴くヤツだよな」。クマダが言った。

 日が暮れていくのも季節が進んでいくのに同調しているように、夏のさかりの頃とは比べものにならないくらい暗くなるのが早く、ハラシマたちはそれで少し焦っているようだった。

 「おい」。クマダがぼくの名を呼び「お前もこっちきてちょっと手伝え」と声のトーンを落として言った。

 「あっそうだ、その前にな、三十センチか四十センチぐらいのコッパを見つけてきてくれ」。クマダは木っ端のことを言っているのだ。

 がらんどうの休憩所をひとまわりすると、そのくらいのはすぐに見つかり、太さと長さの違うのを五本ほどそこに持っていった。

 「うーん。その中で一番硬そうなのを一本選んでくれ」

 ぼくは言われたとおりそのなかから一番硬そうなのを選んだ。選ぶ基準はぼくの頭にコンコンと軽くたたいて判断した。それを見ていたハラシマはなんだか感心したように「お前はつくづく面白いヤツだな」と笑いながらぼくの差し出した一本を受け取った。

 そのコッパで何をするのか興味があったのでぼくはそのまま見ていた。二人は錠前には触れず鍵をとめる可動式の鍵かけの片一方、柱のほうに突き刺さっている丸い大きな穴クギのほうを木っ端でたたきはじめた。左右からゆっくり同じくらいの力でたたいている。「こうして少しずつたたいていくと、やがてこっちのほうの穴クギがゆるくなって鍵全体をはずせるんだ」。ハラシマは確信に満ちた声で言った。こういうことに慣れているようだった。 (作家)

 

この記事を印刷する

PR情報