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【過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠】

ぼくたちのハマグリ漁 我先に海の恵みをむさぼった

潮干狩りで賑わう幕張海岸。少年たちは沖に出て漁をした(1970年、千葉市提供)

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 もうじき冬の季節になるけれどだんだん海の透明度がましてくる季節でもあるから、ぼくたちはしぶとく海に行って泳いでいた。

 埋め立てによってかつての海岸線から三キロぐらい沖に出たところまでコンクリートの堰堤(えんてい)ができていて、数年前までは引き潮のときなどその三キロほどをそこそこ海水につかりながら歩いて深いところまでいかなければならなかったのだが、いまは堰堤の上を歩いていけばいいのでずいぶん楽になっていた。

 堰堤の突端までいくと満潮のときは、そこから難なく泳げる海に入っていける。そういうときも営業を休んでいる「海の家」が便利だった。夏とはちがってぼくたちもそこそこ衣服は着ていたけれど、バラ線で防護されている海の家のなかにスルスル侵入し、誰もいない海の家で服を脱いだ。服はべつに隠すこともないので、みんな海水パンツひとつになって海の家の突端からもう腰のあたりまで押し寄せてきている“沖”に入っていける。

 夏のあいだ潮干狩りで賑(にぎ)わっていた浜だが、いまはほとんど誰の姿も見えない。潮干狩りは引き潮になって広大な干潟があらわになると観光客は小さな貝掘りクマデを持って干潟に大きく広がり、あちこち掘ってアサリを収穫して喜んでいる。そのアサリは観光業者が春のうちにそのタネをばらまいていたものだから、ぼくたちはそんなものを狙わずに秋になってから天然のハマグリやトリ貝、マテ貝などを狙って海に入っていくのだ。

 深さ三〜四メートルの背の立たないところまで遠泳していくと海水はすっかり澄んでいる。

 ぼくたちは簡単な目だけカバーする水中メガネをつけて海底すれすれに潜り、それらの大きな貝をさがす。潮が引いてしまうとまったく見えないのだが、海の水で満たされると、それらの貝のライフサインが海底の砂に見えてくる。砂の中に潜って海水を吸引、排水しているそれらの貝の呼吸孔を見つけるのだ。

 それはたいてい二つ並んであいているのですぐにわかる。見つけるとタケベラでほんの十センチぐらい掘ると大きなハマグリや赤貝、トリ貝などがすぐに掘りだせた。捕獲したそれを海水パンツの中にねじ込み、一息で何個とれるか、なんてのがぼくたちの「成果」であり「自慢」であった。腰にまいて持っていった手拭いで各自しっかりくるみ、出発した海の家に戻る。

 上がるとさすがに寒いので、このまえ錠前を目釘(めくぎ)ごとこじ開けてしまうというハラシマの“名人技”で売店をあけ、あのとき発見した大袋をあけて、その中に入っているタオルで体を拭いた。それから倉庫にあった七輪(しちりん)を海の家の真ん中に持っていって火をおこし、とってきたばかりのハマグリや赤貝の炭火焼きを作った。

 すぐにいい匂いが鼻孔をついて、やがて我先にそれらをむさぼった。本当は醤油(しょうゆ)が欲しかったが、それを持ってくる役目だったパッチンが急に風邪をひいて来なかったのだ。

 パッチンのバカヤロウといいながら、ぼくたちは獲物を全部たいらげてしまった。 (作家)

 

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