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【過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠】

「かばんしょ」の思い出 背筋ゾ〜ッ 神社でキモだめし

うっそうとした樹々の中に急な石段が続く三代王神社=千葉市花見川区武石町で

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 幕張駅から海にむかってまっすぐに道路がのびていて、その途中に消防団の詰め所のような建物があった。消防署ではなく町の若い人によってまわりもちで集まっている自警団のようなものなんだろう、とその後わかってくる。

 いつもは町内の暇な若い衆が集まってひまつぶしにいろんな話をしている場所だという記憶だけあって、彼らが本当の火事のときにみんなで押していく消防ポンプで火消しをしていたところは見たことがなかったから、さしたる娯楽がない頃のよりあいバカ話の場、というふうな場所だったのだろう。

 落語などに町内の若い衆が集まって茶碗酒(ちゃわんざけ)を飲みながらいろんな面白話をしている噺(はなし)がいっぱいあるが、ルーツはそんなところだったのだろう。

 そこでは毎日ではなかったけれど夕方に「ソロバン塾」をやっていて、ぼくも通っていた。塾の先生は若い女の人で、普段は男ばかりだったけれどソロバン塾があるときは塾生でなくても女の先生めあてに若い衆が集まってきていた。

 意味はわからなかったが、その頃そこは「かばんしょ」と呼ばれていた。建物に隣接して高さ十五メートルぐらいの火の見ヤグラがあって、そこにやってきた子供らはまずそのヤグラのてっぺんに登らなくてはならなかった。

 最初の頃は高さが増してくるにつれておしりの穴がキュッとちぢまるような恐怖があったけれど、誰が決めたのか、そこの一番上の見張り台まで登らないと「かばんしょ」に出入りできない、といわれていた。

 夏のお盆の頃にいくとときどき「きもだめし大会」があって、これは興味いっぱいだったが、参加して兄貴分の人々が何人か恐ろしい怪談を話し、それをわざと薄暗くした部屋でみんなして聞いている。

 そこまではよかったが、そのあと子供らはその日決められた場所に一人で行ってこなければならなかった。

 場所は墓場だったり神社だったり、なんとなくお化け屋敷と言われるようになっている古い空き家だったりした。

 乾電池を持ってその日決められた場所にそれを置き、次の奴がその乾電池を持って帰る、というキマリだった。神社はいくつかあったけれど、一番怖いところは町の北の外れのほうにある武石町の三代王神社だった。

 十五メートルぐらいはある丘陵が細長く続いているところで神社に登るかなり勾配のきつい石段があり、その左右にはたくさんの樹々が生い茂っている。風の強い日はそれらの樹々の葉が左右の頭の上でわさわさ踊り、懐中電灯のあかりのあたらないところにオバケがいっぱいいるようで全身がカアッと熱くなった。いまでは懐かしい思い出だ。 (作家)

 

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