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【過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠】

にぎやかな襲撃団 サルものが仲間に加わった

人工海浜「幕張の浜」の波打ち際にたたずむカップル=千葉市美浜区で

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 七年祭りが終わるともう町も海も人の姿はまばらになり、まつりのイキオイが激しかっただけに気分的にそのスタレぐあいが大きかった。それでもぼくたちは海に行った。海に行けばだいたい小学校から中学の友達が何かしてあそんでいたからだ。

 いろんな連中が集まる場所はたいてい海の中に建っていた「海の家」だった。晩秋から入り口の桟橋あたりにバラ線が頑丈に張りつめられており、簡単には乗りこめないようになっていた。

 けれどぼくたち地元の子はサルのように平気だった。そのバラ線は桟橋の下まではふくらむように張られてはいないので途中からサルのように桟橋の下にぶらさがっていけば難なく越えられるからだ。一度だけ仲間の一人が桟橋の木を掴(つか)みそこねて慌ててバラ線を握り「アチチチチ」などと言いながら海に落ちてしまったことがあった。満潮だったので背中から落ちても冷たいだけでけがなどしなかったがしばらくは寒がっていた。

 冬の海の家はそんなふうに桟橋を越えるのが面倒なぐらいで、いったん海の家の中に入ってしまうと夏の頃とはちがってめったにほかの人がやってくる、ということはないから夏よりも安心感があった。

 夏に襲撃した海の家は、ハラシマという中学生がリーダーだったが、しばらく見ないうちにどこかへ越してしまったらしく、その日はハラシマの友達が連れてきたオッチーという背の高い中学生が参加していた。それにぼくの友達が五人いたのでだいぶにぎやかな襲撃団になっていた。

 今回も目的は簡易倉庫にしまってあるなんらかのタカラモノを確実に奪うことで、全体の作戦はオッチーが慣れた口調でやっていた。タカラモノとは缶詰とかジュースなどの瓶詰、菓子類などで、夏のときはそういうものが入っていない海の家の倉庫だったので、今度は海の家のなかで一番はやっている「ちどり」という立派な海の家を目標にした。

 簡易倉庫はどの海の家も大体板戸一枚で覆われていて錠前でとめられていた。この錠前の利口な開け方はオッチーもよく知っていた。

 カギをなにか固いものでたたいて壊す、などということはせず、柱と板戸をとめてある南京錠には手をつけず、それを止めてある柱のほうの「目クギ」のところを抜く。バール(クギ抜き)を目クギの先端に差し込んで辛抱強く左右、上下に何度も動かしていく。

 オッチーという中学生はだいぶ経験者らしく「ようし、そこまできたら最初の頃のように力を緩めてまわりの木を傷つけないようにやるんだ」と、もうすっかり盗賊団の親分のような余裕にみちてそう言った。やがて目クギごと錠前一式がボロリと落ちる。板床のあいだから海に落とさないようにオッチーは両手で丁寧にその錠前を両手に持って「よおし!」と言った。(作家)

 

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