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【社説】

震災と文芸 言葉で残す記憶と警告

 自然に対し、人間が造った物は弱い−。被災地の人が語る通り、震災はこの国で多くの人工物を壊し、のみ込んできた。だが、人々の言葉までは消せない。風化に抗して、震災を文芸で記憶しよう。

 震災の多いこの国では、あまたの先人がその体験を書き残してきた。古くは鴨長明の「方丈記」があり、大正時代の関東大震災では芥川龍之介や寺田寅彦ら、多くの文人が筆をふるっている。

 東日本大震災でも、福島県在住の作家で僧侶の玄侑宗久さんの短編集「光の山」や、福島市の詩人和合亮一さんがツイッターで発信し続けた「詩の礫(つぶて)」、いとうせいこうさんの「想像ラジオ」など、重要な作品が次々に生まれた。

 大震災の後、新聞などは事実の記録を出発点に、被災者の支援や今後の対策の提言などを伝えた。一方、文芸の創作者たちは個人の切実な経験や訴え、問いかけを創作表現へと昇華させ、読み手の心の深い部分に送り届けてきた。

 どちらも大切なことは言うまでもない。だが、鎌倉時代に書かれたとされる「方丈記」が八百年を経てなお読み継がれるように、優れた文芸作品の強みは、時間の経過にも打ち勝つ持久力にある。

 福島で、また神戸や熊本で、被災した人が「風化が一番怖い」と口をそろえる。次第に忘れられる<あの日>の死者の無念。放射線を浴びた自分が子どもを産んでいいのかと自問する若い女性をはじめ、<あの日から>を生きる人たちの苦しみ。それを記憶に長くとどめるためにも、文芸作品の役割は時がたつほど増すといえよう。

 文芸作品にはもう一つ、重要な役割がある。「警告」だ。

 原発の“安全神話”が宣伝されていた一九九〇年代、作家の高村薫さんはその危うさを小説「神の火」でいち早く突いた。福島原発事故の後には多和田葉子さんが、小説「献灯使」で放射能汚染のため廃虚になった東京を、そして「彼岸」では軍用機が原発に落ちて起こる惨事を描いている。

 震災をめぐる創作では、作者が「被災地に行っていない」と述べたことなどから批判された例もある。だが、見えていないものを、想像の力で現出させるのが表現者だともいえる。

 「宝島」で直木賞を受賞した真藤順丈さんは、東京の出身ながら意を決して沖縄の戦後と向き合った。若い書き手たちも、批判は覚悟の上で同時代の惨禍を見つめ続ける気概を持ってほしい。

 

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