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【社説】

命の価値判決 障害児も平等でないと

 亡くなった障害児の逸失利益をどう判断するか−。注目された東京地裁の判決は、健常者と同じ平均賃金による算出を認めた。障害の有無にかかわらず、法の下では命の重みは平等なはずである。

 東京都八王子市の福祉施設から二〇一五年に行方不明となり、遺体で見つかった松沢和真さん=当時(15)=の両親が、施設側を相手取った訴訟だった。死亡の原因は安全管理を怠った施設側にあると考えたからだ。

 施設側も行方不明になったことに対する責任は認めていて、慰謝料二千万円を提示した。ところが、逸失利益については知的障害を理由に「ゼロ」としていた。

 逸失利益とは、事故が起きなければ将来得られたと見込まれる収入に相当し、賠償の対象となる考え方だ。交通戦争と呼ばれた一九六〇年代から急増した交通事故などのケースで用いられた。

 だが、働いていない未成年の障害児の場合はどうか−。青森地裁は自閉症などがある十六歳の男性に同県の最低賃金を、さいたま地裁はダウン症の三歳女児に女性高卒就労者の平均年収の三割減が妥当と算定したことがある。大阪地裁では自閉症の六歳男児に対し、男性労働者の平均年収の二割減の案で和解している。

 つまり、過去の判例や和解は、被害者の障害の程度などによって賠償額に差をつけてきた。疑問が湧くだろう。障害者だとなぜ減額されるのか。これは障害の有無で差別されるのと同じだからだ。

 今回の判決は「特定の分野や範囲に限っては、高い集中力をもって健常者よりも優れた能力を発揮する可能性があり、一般就労を前提とした平均賃金を得る蓋然(がいぜん)性はあった」と述べた。

 平等の価値に踏み込んだ判決と受け取れる。原告の弁護団らが「画期的な判決だ」と語ったのも理解はできる。しかし、松沢さんの両親が健常者と同じ基準で算出した金額と、裁判所の認めた金額は大きな開きがある。

 裁判所がはじいたのは、十九歳までの平均賃金が基準だったからだ。「現存する就労格差や賃金格差を無視するのは相当でない」との考えだった。裁判所は能力の可能性に言及しつつ、現実の格差の方に目をやったのである。残念である。

 人は生まれながらに平等である。なのに命を奪われた障害者は、将来の稼ぐ力という物差しで不平等の世界に陥る。命を差別する考え方とは決別したい。

 

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