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【社説】

週のはじめに考える 草も花も踏みつける

 来月、米国が新中東和平案を公表するそうです。今、来日中の大統領は「世紀の取引」になると自信満々のようですが、募るのは期待より恐怖の方で−。

 イスラエルが、国連決議にも国際法にも反して入植地を広げている占領地に、パレスチナ国家を樹立し、二国家が平和共存できるようにしよう、というのが中東和平の大枠。そのために歴代の米大統領もそれなりに腐心してきたのですが、一定の道筋となるかに見えた「オスロ合意」も二〇〇〇年を境に両者の衝突がエスカレートして、崩壊状態に陥ったままです。

◆「世紀の取引」への恐怖

 パレスチナの人々は今なお、壁と検問所によってガザとヨルダン川西岸の自治区に閉じ込められ、暮らしも自由も窒息寸前。そんな中、和平の最も繊細な部分に匕首(あいくち)を突き立てるような行動に出たのが、トランプ大統領でした。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教共通の聖地エルサレムをイスラエルの主張通り「首都」と認定し、昨年、大使館を移したのです。

 パレスチナは東エルサレムを将来の国家の首都と想定しており、エルサレムの帰属は交渉で決するというのが和平の根幹の一つ。日本など多数の国もイスラエルの首都とは認めておらず、大使館も商都テルアビブに置いています。無論、米国もずっとそうしてきました。その土台をひるがえされたパレスチナの怒りは当然ですが、抗議デモとイスラエル軍の衝突で多数の死者が出る悲劇につながってしまいました。

 実は米議会は一九九五年に、トランプ氏が今回やったのと同様の措置を政府に求める法案を可決しています。しかし、歴代の大統領は、それを半年ごとに延期し続けてきたのです。

 両者に配慮する微妙な折衷的態度で、どうにか「仲介者」の立場を守り、この複雑な問題に対処してきたとも言えます。いわば野道を行くに、ぽつりぽつりと咲いた小さな花は避けて歩くようなナイーブさがあった。対してトランプ氏は、草も花もドカドカと踏みつけにしていく印象です。

 大統領は、その後、やはりイスラエルが占領しているシリア・ゴラン高原にイスラエルの主権を認めるという、国連決議を無視した宣言にまで署名しました。

 道理をはずれた、この極端なまでのイスラエルへの肩入れが、再選対策で国内のユダヤ人や親イスラエルのキリスト教福音派にいい顔をしたいかららしいと聞けば、もう何をか言わんや、です。

◆イランてこにアラブかく乱

 パレスチナにとってさらに影響が大きいのは、イランをてこにしたトランプ政権の中東戦略です。

 急所は、オバマ政権時代に米欧など六カ国がイランと、経済制裁解除と核開発停止の交換で合意した核合意からの離脱。制裁も再発動し、最近は一層、イラン挑発を強めています。この転換は、イラン憎しのイスラエルは無論、やはりイランを敵視するアラブの雄サウジアラビアをも大いに満足させました。むしろ、そのための合意離脱だった節さえあります。

 パレスチナ問題を巡って敵対してきたはずのサウジとイスラエルは、敵の敵は味方とばかり、ともに親密な米国を介す形で近年、接近が顕著なのです。イスラエルの報道によれば、サウジのムハンマド皇太子は昨年、訪米中にユダヤ系団体と会談した際、「パレスチナ問題は最優先ではない」とさえ述べたといいます。

 サウジの変節は、オマーンなど他のアラブの国とイスラエルの接近をも促したようで、本紙記事でエジプトのある政治学者はこう指摘しています。「米国は、アラブの敵をイスラエルからイランに置き換えることに成功した。最大の敗者はパレスチナだ」

 米国は、イスラエルに一方的に肩入れしつつ、パレスチナが頼みとしてきたアラブの後ろ盾は切り崩し、窮地に追い込んだのと同じ顔で、今度は「仲介者」ぶって和平案を示すというのです。中身は不明ですが、策定者は、ユダヤ教徒でイスラエル首相とも親しい大統領の娘婿クシュナー氏…。

 この状況で、受け入れを迫られる身になってみてください。期待どころか、むしろ案を拒否した時に大統領がどう出るのか、それへの恐怖の方が大きいでしょう。

◆「被害者」パレスチナ

 強者が弱者を、理のない方が理のある方を追い詰める−。どうしても「いじめ」の言葉が思い浮かんでなりません。いじめ研究の泰斗森田洋司氏は「加害者」、「被害者」、はやしたてる「観客」、知らぬふりをする「傍観者」−という「いじめの四層構造」を指摘しています。もし前三者に米国、パレスチナ、イスラエルを重ねるならば、日本など国際社会が「傍観者」でいることは、いじめへの加担となる理屈でありましょう。

 

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