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【社説】

週のはじめに考える 笑って損した者なし

 明治のころ、大阪にあった定席「幾代亭」の高座には「薬」の額がかかっていたそうです。落語を聞けば、客も思わずクスリ、となるからでしょう。

 いや、失礼、もちろん違いますね。多分、笑いが体に良い、薬になる、という趣旨だったのではないでしょうか。なにせ、『旧約聖書』も<心の楽しみは良薬>と。古代ギリシャでは、寄席ならぬ、「喜劇役者の館」を訪ねることが病気治療法の一つとされていたのだそうです(アレン・クライン著『笑いの治癒力』)。

◆「作り笑い」でさえも

 現代科学もそれを裏付けています。文献やネット上で瞥見(べっけん)しただけでも、さまざまな笑いの効用に関する研究成果がみつかります。

 「リウマチ患者に落語を聞かせたら、痛みも痛みと関係のある物質も減少した」とか、「糖尿病患者に漫才などで笑いを経験させたら、血糖値の上昇が抑制された」とか、「アトピー性皮膚炎患者に喜劇を見せたら、アレルギー反応が減弱した」とか、「笑う機会の多い高齢者ほど認知機能低下が小さかった」とか。

 中でもよく知られるのは、笑いが、がん細胞などを攻撃するナチュラルキラー(NK)細胞を活性化させるという知見でしょうか。無論、一定条件下でストレス軽減、抑うつ状態抑制など精神面の効用も報告されていて、まったく「万能薬」とは笑いのことかと思うほどです。

 何も腹を抱え、声を上げて笑うような笑いでなくていいのです。例えば笑顔、微笑、何なら、意識して笑う「作り笑い」だって、相当の効用があるようです。

 体験的にも思い当たる方が多いでしょうが、表情を緩めると他の筋肉も弛緩(しかん)し、いわゆる「力み」がとれるといいます。それに脳を刺激して、たとえ作り笑いでも楽しいという感情が芽生えてくるものなのだとか。

◆シンデレラと星稜ナイン

 フランスの哲学者アランも『幸福論』の中で言っています。<幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ>

 その証左のような吉報が、ゴルファー渋野日向子選手の全英女子オープン制覇でしょう。プレー中も終始、笑顔を心掛け、緊張の場面でさえ渋面をつくることがあまりなかった。海外メディアが「スマイリング・シンデレラ」の愛称を奉ったのもむべなるかなです。

 三日前に終わったばかりの夏の甲子園で準優勝した星稜高(石川県)のモットーも「必勝」ならぬ「必笑」だといいます。ことに二〇一四年の県大会決勝は語り草。0−8でリードされた最終回、文字通り絶体絶命の時でさえ、選手らは笑顔を浮かべ、結果、9−8の大逆転劇を演じたのです。今夏の甲子園でも、選手たちは「必笑」を実践していました。

 同じ最近のニュースでも、「笑顔」と無縁なのは日韓関係です。「対立」「報復」「緊張」。見ただけで渋面になりそうな言葉が新聞の見出しにあふれています。二十二日には、韓国がついに軍事情報の協定を「破棄」すると…。

 一〇年刊の笑いに関する本に、ハワイの日系、韓国系の移民を題材にしたジョークが紹介されていました。<日系と韓国系が結婚するとどうなる? 4人の機嫌の悪い両親を持つことになる>(木村洋二編『笑いを科学する』)

 親はともかく、子の世代は対立を乗り越えている、というのが前提のジョーク。現下の関係の険悪さを考えると素直に笑えません。

 私たちの脳は、ミラーニューロンなるものの働きで、笑顔を見ると笑顔を返すようにできているといいます。眉間に皺(しわ)でねめつければ、同じような厳しい表情しか返ってこない理屈。つかみあいになるのを防ぐなら、作り笑いでもいいから、どこかで表情を緩めるほかないでしょう。

 それやこれやのニュースの中でもう間もなく葉月も尽。夏休み明けの登校に気が塞(ふさ)ぐ子どもが多い時期とも聞きます。でも、大人であれ子どもであれ、今抱える悩みの重さが明日も一週間後も一年後も同じ重さだということはそうはないでしょう。作家のH・G・ウェルズ曰(いわ)く、<今日の危機は明日のジョーク>。時間がたてば笑い話になることもあるはずです。

◆シクシクよりハッハッハッ

 もちろん、笑いがすべての問題を解決できるはずもありません。見出しの古諺(こげん)に反して、「笑って損する」ことも、泣きたくなることだってあるのが人生です。

 笑いによるNK細胞活性化の研究で知られる昇幹夫氏が前掲『笑いを科学する』に書いていた話を少し約(つづ)めて最後に紹介します。

 泣くはシクシクで4×9=36、笑うはハッハッハッで8×8=64。足してちょうど100。泣いて笑って、でも、笑いの方が少し多かったら、いい人生−。

 

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