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【私説・論説室から】

沈黙とサウナ

 「大の男たちがサウナで号泣する映画」

 そう聞いて興味が湧いた。フィンランドのドキュメンタリー映画「サウナのあるところ」を見た。

 フィンランドはサウナの本場だ。街には公衆サウナがあるし、家庭にもある。

 映画で興味深いのは登場人物が交わす会話だ。離別した子どもに会えない苦しさを友人に語る人、子どもの死を受け入れられず苦悩を吐露する人、困窮ぶりを話すホームレス。一方で、長年連れ添った夫婦は相手の背中を流しながらいとおしむ。

 確かに本音を吐きながら号泣する男たちがいた。心まで裸にする空間に圧倒される。

 気づいたことがある。会話の合間にしばしば長い沈黙があるのだ。時々、熱くなったサウナストーンに水をかけるとジュッとロウリュ(蒸気)が立ち上る。その音を聞きながら一点を見つめて黙り込む。気まずくなるわけでもない。それぞれが語る物語をお互いかみしめ相手に寄り添っていることが分かる。

 なんと心地よさそうな空間なのだろう。

 日本人にもお風呂文化があり親近感も感じるが、ここまで心の奥底を赤裸々に語り沈黙を共有する場ではない気がする。

 北欧は極寒の地だ。人のつながりを確認する場としてサウナがある。つながる難しさを実感する今の日本で生きる身には、ちょっとうらやましくなった。 (鈴木 穣)

 

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