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【私説・論説室から】

蓄音機とパソコン

 物理学者寺田寅彦が大正十一(一九二二)年に「蓄音機」と題した随筆を書いている。発明家エジソンの蓄音機が誕生して四十年余がたち、改良が進む中、こんな問題提起をしている。

 <もし蓄音機と活動写真との連結が早晩もう少し完成すれば、それで代理をさせれば教師は宅(うち)で寝ているかあるいは研究室で勉強していてもいい事になりはしまいか。(中略)こういう仮想的の問題を考えてみた時にわれわれは教育というものの根本義に触れるように思う>

 小中学校にパソコンなどの情報端末の一人一台配備が決まり、やはり同じような議論は起きている。先生という存在は折々の先端技術と比べられる宿命にあるのだろうか。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止で全国の学校が臨時休校となったこともあり、オンライン教育への関心は一気に高まるだろう。実際、教育産業が、オンライン教材の無料提供などを申し出ている。

 寺田は、学校の先生の本当の教えは「到底蓄音機などでは再現する事のできない機微なあるもの」だと記している。技術が進めばなおさらに、再現できないものの中に学校や先生の本来の役割が浮き彫りとなっていくようにも思う。子どもたちが学校に行けない今、教える側も学ぶ側も、その価値を考えてみてもいいかもしれない。 (早川由紀美)

 

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