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性暴力を描いた台湾ベストセラーの邦訳版 筆者自殺の問題作、文学の「光と影」問う

 塾教師による十代の少女へのレイプを描き、学歴偏重や性暴力などの暗部をえぐり出した台湾の小説『房思〓(ファンスーチー)の初恋の楽園』が今秋、白水社から翻訳出版された。二年前、著者の林奕含(リンイーハン)が「これは実話をもとにした小説である」と記してデビューし、出版の二カ月後に二十六歳で自殺したため、台湾社会で大きな波紋を広げた問題作。「スキャンダル性ではなく、高い文学性を日本の読者にも感じてほしい」と、作家や翻訳者らによる刊行記念イベントが東京都内で開かれた。(出田阿生)

生前の林奕含さん(C)盧奕帆(FIL)

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◆「著者の実体験では?」と加害者探し

 「本当はこの席に著者が座っているはずだった。悲しい気持ちだ」。イベントで登壇した台湾の人気作家張亦絢(ジャンイーシュアン)さんは、こう語った。台湾で同書は現在二十六万部のロングセラーに。台湾では出版直後に「著者の実体験ではないか」と実在の加害者探しが始まり、教師の職権乱用による性虐待を防止するための条例改正も行われた。中国本土や韓国でも出版が相次いだ。文壇での評価は賛否両極に分かれたといい、張さんは「そのことだけでもこの本が既存の価値観に挑戦していることが分かる」とした。

 舞台は台湾の都市部の高級マンション。十三歳の女子中学生・房思〓は、同じマンションに妻子と住む五十代のカリスマ塾教師・李国華(リーグォフォア)に「作文を見てあげよう」とだまされてレイプされる。国語教師の加害者は、中国の古典から美しい文句を引用して詭弁(きべん)を弄(ろう)し、「これは先生の君への愛し方なんだ」と加害行為を正当化する。少女は自分も教師を愛していると思い込むことで自尊心を守ろうとするが、壮絶な虐待に抗しきれず、自殺未遂を繰り返した末に発狂してしまう。

◆「苦痛や悪を描いても魅力を持つ文学とは何か」を問う

 この作品は、視点が被害者だけにとどまらず、主語が次々と移り変わるのが特徴だ。レイプの最中に少女の意識が乖離(かいり)する場面など、学術的にも証明された被害者特有の体験が克明に描かれたかと思えば、暴行後の加害者の目線で「こんな短い間に二度もできるのは初めてのことだ。やはり年齢は若い方がいい」と身勝手な独白が書かれる。

出版記念イベントで語り合う(右から)翻訳者の泉京鹿さん、台湾の作家張亦絢さん、司会と通訳を務めた作家の李琴峰さん=東京都港区の台湾文化センターで

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 前出の台湾作家の張さんは、この作品が「事実の告発」のためではなく、「苦痛や不条理、悪を描いても魅力を持つ文学とは何なのか」を問うていると解説。「(小児性愛を中年男性側から描いた)ナボコフの『ロリータ』のように、従来は加害者の視点で書かれる文学が主流だった。新たに被害者側の視点で描くサバイバー(被害からの生還者)文学が出てきたが、この作品はどちらにも属さない。新旧の文学の間にある緊張関係を描いており、そこが新しい」と評価した。

◆死の八日前、インタビューで

 著者の思いも、こうした読みを裏付けるかのように、死のわずか八日前、インタビュー取材で「書きたかったのはノンフィクション小説ではなく、社会の現状を変える気もなければその力もなく、いわゆる大きな言葉や構造に結び付けたいともわたしは思っていません」と語っている。また、出版の際には「もし読後にかすかな希望を感じたとしたら読み間違い」とも書き残していた。

 日本語版を手掛けた翻訳家の泉京鹿(きょうか)さんは「この作品の主人公も、著者自身も、結局は救われなかった。でも、作中には夫の暴力から生き延びる女性も登場する。著者は、声すら上げられない被害者の痛みを想像し、その心に寄り添い、『あなたは悪くない』と伝えているように感じる。今このときも暴力に苦しむ人がいる社会で、この作品が発表され、多くの人に読まれているという事実が、何かの救いにつながっていると信じたい」と語った。

※〓は王へんに其

 

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