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【土曜訪問】

孤独感、和らげたくて 「絶望」にこだわり執筆・編集 頭木弘樹さん(文学紹介者)

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 「文学紹介者」というちょっと変わった肩書で本を書き、編んできた頭木(かしらぎ)弘樹さんが、新刊『絶望書店』(河出書房新社)を出した。「町の小さな、ある種の本しか置いてない個性的な書店」をイメージして「夢のあきらめ方」にまつわる物語を集めたアンソロジーだ。

 <たとえば「お金があるのと、お金がないのと、どちらがいい?」と聞かれれば、これも「あるほうがいい」となりますが、「じゃあ、お金のために生きましょう」というのはちがいますよね?><夢も同じことでは?夢にこだわらない、夢をあきらめる、そういう生き方のほうが素敵(すてき)ということもあるのでは?>

 ポップ風の手書き文字で書かれたそんな紹介文とともに最初に挙げたのは、脚本家の山田太一さんが「生きるかなしみ」を見つめたエッセー「断念するということ」。「断念することを正面から肯定的に書いたものはなかなかないんですよ。書く人ってだいたいみんな成功者ですから」。東京・青山で待ち合わせた頭木さんは語った。

 聴覚が衰えたベートーベンの恐怖や悲嘆を赤裸々につづった友人への手紙や、戦前戦後を生きた女性の秘め続けた思い出が明らかになる連城三紀彦さんの小説『紅き唇』など、収録された物語はそれぞれに、読む者の胸を締め付ける。サッカー選手メッシのようになりたくてなれなかった少年たちを追った豊福晋(とよふくしん)さんのドキュメンタリー『カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち』から抜粋した一人の少年の物語も。「彼は自分の夢だけじゃない、周囲の期待を背負っていた。それを失うつらさはすごいですよね。オリンピックの選手のトレーナーの方から、僕の本がすごく良かったってお手紙をいただいたことがあります。ああいう世界ってスポットライトが当たるのはせいぜい三位まで。でも僅差の人はいっぱいいて、そこにはライトが全然当たらず、けがをして駄目になる人もいる。そういう人に向けた本って本当に少ないんですよね。人数は多いはずなのに」

 頭木さんに初めて会ったのは、東日本大震災が起きた二〇一一年の秋。「前向きな言葉があふれている世の中。そうじゃないものが、あってもいい」と、仕事や世の中、自分の心の弱さに絶望しながら生きたチェコ出身の作家、フランツ・カフカの言葉を編訳した『絶望名人カフカの人生論』を出した後の取材だった。

 その後、頭木さんは一貫して「絶望」を追究し、本にしてきた。例えば『絶望読書』では、なぜ絶望した時に本が必要かなどを考察。『絶望図書館』では、立ち直れそうにない時、心に寄り添ってくれる物語を紹介。そうした言葉をNHKラジオ深夜便の番組で紹介し、その内容を書籍化した『絶望名言』も昨年末に出した。「失恋した時に失恋ソングが気持ちにぴったりくるように、つらい時には絶望的な言葉の方が心に染み、逆に救いになることがある」。絶望名言とはそうした言葉のことだ。

 なぜ「絶望」にこだわるのか? それは頭木さんが、深い絶望を抱えて生きてきたからにほかならない。頭木さんは大学三年の二十歳の時に「潰瘍性大腸炎」という難病にかかり、十三年間の闘病生活を送った。その時からの「絶望」が、執筆や編集の根底にある。『絶望読書』で頭木さんは<誰でも物語の中を生きています><しかし、その人生の物語の脚本を書き直さなければならないときがあります>と書いた。けれども「僕も書き換えがなかなかできなかったですね。いまだにできていないと思います」と話す。

 選ぶのは基本的に「何かつらいことがあった時に思い出せる」物語。「何の解決にもならないんですけど、そういうものがあるかないかってやっぱり違うと思うんです。あそこに描かれていたな、と思うと完全に孤独ではない、というか」

 待ち合わせた場所は、『絶望読書』単行本刊行後に「絶望読書フェア」を開催した青山ブックセンター本店。そのフェアを出版社の人が訪ねたのをきっかけに、今回の本はできた。頭木さんは店頭に並んだ自著を手に取り、感慨深げに見つめた。 (岩岡千景)

 

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