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【土曜訪問】

今は経験値が強みに 将棋の第一線で活躍し続ける 清水市代さん(女流棋士)

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 将棋の清水市代女流六段(50)は数多くの記録を持つ人だ。女流タイトル獲得数は歴代一位の四十三期。一九九六年に当時あった四大タイトル独占を史上初めて成し遂げ、二〇〇〇年にはその各タイトルを通算五期ずつ取り、「クイーン」称号も手にした。

 プロ入り三十五年目を迎えるが「過去の栄光」ではない。昨年九月には新たな記録をつくっている。四十九歳八カ月で女流王座戦出場を決め、タイトル挑戦の最年長記録を更新。約二年前には日本将棋連盟常務理事にも女性で初めて就いた。多忙を極める中で、変わらず第一線を走り続ける強さの秘密は何なのか。東京・将棋会館を訪ねた。

 「(挑戦は)自分が一番驚きました。理事になる前と今では、将棋につぎ込む時間が雲泥の差になってしまったので」。自身も「最強王者」と評する里見香奈女流王座(27)との五番勝負。久々の大舞台にファンからは「出てくれてありがとう」「清水市代の将棋を指して」と声援を受けた。「感動しました。幸せ者だと。全力で良い将棋を指したい気持ちが強かった。結果を考えず臨めたのは初めてじゃないかと思いました」

 結果は三−〇と完敗。感想を尋ねると、それまでの静かな口調から一転、破顔一笑した。タイトル出場に幸せをかみしめていたはずが「意外と終わった後はすごい悔しくて」。寝ても覚めても、対局での勝負どころが思い浮かぶ。「なんでこう指さなかったかな、という悔しさが二十、三十代より強かった。達観しちゃったかなと思っていたら全然違う。まだ燃えているものがあるなら、勝負師としてやっていく価値があるかなと再認識させてもらいました」

 小学三年で父親の手ほどきで将棋を始め、十六歳でプロ入りした。十九歳で初タイトルの女流名人になってからは、タイトル戦の常連となった。「四冠になった前後は『出ないことがあり得ない』という追い詰め方をしていたところもありました」と振り返る。

 一〇年、女流王将戦に敗れ、十八年ぶりに無冠になったが以降もタイトル戦に九回出場。挑戦者決定戦にもたびたび登場し、三月には女流王位戦(本紙主催)への切符を争ったばかり。同時に、幾度となく、若手にはね返される経験もしてきた。

 現在、約六十人が在籍する女流棋界にはプロ棋士養成機関「奨励会」で力を磨いた女流棋士もおり、一八年度の対男性棋士の勝率は約四割五分と過去最高。「人数も増え、層も充実した。格段にレベルが上がってきている」と肌で感じる。

 年齢と棋力の関係をどう考えているのか。集中力や瞬発力、読みの深さについては「十代、二十代にかなわない」とみる。だが比べられないほど優れているのは経験値だと感じている。「将棋はバランスが大事。そのバランスを保っていけるのが今の年代の強みかな」

 例えば、持ち時間の使い方。集中する場所と少し力を抜く場所を加減する。「ここぞという時のために温存しておく。全体的なバランスを見て指せるようになってきた」。もう少し大きな視点で見るならば心技体の総合力。「十代は棋力がすべて、タイトルを争っていた時は体力だと思っていた。少したつと精神面も大きいと気付いた。それらすべてを含んだ力なんですね。体力が足りなければ、精神力や技術的な研究で補おうと考えるようになった」

 一七年に常務理事に選ばれ、渉外と開発を担う。藤井聡太七段(16)の二十九連勝などニュースに恵まれ、かつてないほどの将棋ブーム。「すごく注目していただき、役員としてやるべきことが山のようにある。四六時中、運営のことで頭がいっぱい」。自身の盤上にも良い影響を与えてくれたと感謝する。「一局一局がすごく大事で、将棋をいとおしく思う気持ちが強い」

 その姿に、憧れを抱く女流棋士は少なくない。「将来有望な子たちと一局でも多く盤を挟むには自分もある程度のレベルを保たないと、相手にしてもらえなくなっちゃうから。実力がすべての将棋界で、やっぱり結果を残したい」。少し照れながら、きっぱりと言い切った。 (世古紘子)

 

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