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【土曜訪問】

弱さこそ無敵の強さ 『まともがゆれる』を出版 木ノ戸昌幸さん(NPO法人理事長)

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 「障害者福祉」の枠を、軽やかに超えた活動で、知る人ぞ知るNPO法人がある。京都市北区、閑静な住宅街の一角にある「スウィング」。毎日二十人ほどの障害者が、自宅から通う。元学習塾の教室を使って、箱折りの内職をしたり、絵や詩をつくったり。疲れたら昼寝するのも「全部、仕事です」とニヤリとするのは、スウィングを創設した木ノ戸(きのと)昌幸さん(41)だ。

 ここでのドタバタの日常を通して「障害者と健常者との境目はどこにあるのか」と考えた。それを、『まともがゆれる 常識をやめる「スウィング」の実験』(朝日出版社)にまとめて出版した。

 「まとも」というくびきから離れた瞬間に、人生は楽しくなる。すべての活動にはそんな精神がこもる。

 スウィングにかかれば、地域の清掃活動も一筋縄ではいかない。ごみ拾いの参加者は、ネットで買った戦隊ヒーローの衣装を着て「まち美化戦隊ゴミコロレンジャー」を名乗る。当初は住宅街に突如現れた異様な光景に、住民から通報され、パトカーに取り囲まれた。だが毎月活動して十年余。今やすっかり愛されるご当地ヒーローとなった。

 ある日の午後三時すぎ。通所する十人ほどが、スウィングの一室に集まった。突然、四十代の男性がぴょこんと立ち上がり、アニメの台詞(せりふ)を叫んだ。すかさず別の女性が「○○!」とアニメの主人公の名前を当てようとする。「違う!」「△△!」。あちこちから声が飛ぶ。そんな応答がしばし続いた後、解散に。これが「終礼」らしい。

 「朝礼」も同じ。「連絡事項の伝達とかじゃなく、ものすごく意味のないことを好きに言える場です」と言う。なぜそんなルールにしたか。「人前で物を言う敷居を低くしたい。そうすれば誰もが弱っちい自分を安心して出せるようになるから」

 「障害が軽いって何だろう」と木ノ戸さんはつぶやく。軽度の知的障害がある京一さんという男性は、木材店に二十年勤めてから、ここに来た。最近は、ごま粒ほどの図形を無数に描いて美しい絵にする作業に、喜々として取り組む。くだらない冗談を言っては笑う人だ。

 だが来所時は「あまりに無表情で、彫像かと思った」。定職に就き、無遅刻無欠勤。はたから見れば「まとも」だった年月が、どれほど孤独の牢獄(ろうごく)だったか。

 スウィングの名物に、「親の年金をつかってキャバクラ」という巨大な墨書がある。作者は増田政男さん。母親の年金を使い込んでは、激しく後悔して引きこもる生活を送っていた。ヤクザに目をつけられ、深夜バイトや借金をさせられた。窃盗まで強要されたあげく、周囲に全てを打ち明けた。成年後見人をつけ、やっと平穏が訪れた。

 弱さをさらけ出して初めて、生きのびられる。それは、木ノ戸さんの実感でもある。愛媛県の田舎で育ち、勉強も運動も得意で、友達も多かった。周囲の期待に応えようと頑張るうちに、「理想のレールから落ちることが怖くなった」。登校前は膝を抱えてガタガタ震え、うつ症状が出た。死にたいと苦しみ続けた。

 「迷惑をかけあうのが人間だ」。二十歳を過ぎたある日、不登校や引きこもりの若者を支援する団体の代表がこう言うのを聞いて、驚いた。大学卒業後は、引きこもり支援や演劇、肉体労働のバイトをしながら「世の中には『まとも』じゃない人がこんなに大勢いる」と気付いた。

 「毎日笑えるよ」と、障害者に携わる仕事をする友人に言われ、福祉施設に就職した。利用者に職員を「先生」と呼ばせるような硬直した管理体制に嫌気がさし、改善を求めて闘った末に脱出。二〇〇六年に仲間とスウィングをつくった。

 「結婚は? 就職は? お子さんは?」という質問が、多様な生き方を否定する。「よりお金を稼げる方がえらい」という寂しい尺度が、私たちを縛り付ける。障害者が障害者を差別することだってある。社会が向けてくる「まとも」の価値観を、内面化しているからだ。

 木ノ戸さんは、「ナイス、失敗!」と言えるような寛容さを、この世界に少しずつ広げられたらと願う。自分自身と、生きづらさを感じているすべての人に向けて。 (出田阿生)

 

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