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【土曜訪問】

時代の「影」見つめる デビュー10年、平成描いた長編 朝井リョウさん(作家)

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 現代を生きる若者の物語を鋭い洞察力と巧みな心理描写で書いてきた作家朝井リョウさん(29)=岐阜県垂井町出身。二〇一三年に平成生まれとして初めて、戦後最年少で直木賞に輝いた、時代を代表する書き手の一人だ。作家になって十年。平成とともに語られ、読まれた彼は、時代の変わり目に何を思うのか。

 新元号が発表されて間もない四月、東京都内の出版社で話を聞いた。さっそく改元への思いを尋ねると「もうすぐ三十歳なのに、平成初、戦後最年少と、若手のように言われ続けるのは恥ずかしい。元号が変われば年齢への意識が薄れ、他の作家と同じ土俵で戦える気がする」と朗らかに笑った。

 早稲田大在学中の〇九年、高校における生徒間格差(スクールカースト)を浮かび上がらせた群像劇『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。現代の事象や若者の心の動きを描き、多くの読者の共感を呼んできた。

 一方で「現役大学生」「平成元年生まれのゆとり世代」など、作品以外の属性でも、話題となることが多かった。「作家の顔や年齢、性別などがいかに読者に影響するか、デビュー前は全然気付けなかった。作品と作家が切り離せない絶望はあるが、そのおかげで読んでくれる人もいるのでは」と、複雑な心境をのぞかせる。「修飾」された作家の自分を、誰よりも客観的に見つめてきたのだろう。

 大学卒業後は三年間、民間企業で働きながら執筆し、その間に直木賞を受けた。受賞作『何者』は会員制交流サイト(SNS)を駆使する大学生の就職活動がテーマで、登場人物の「ツイッター」が効果的に使われている。就職が決まらない焦りや他者へのねたみ。SNSにつづられる美しい言葉と、醜い本音。著者と同時代に就活を経験した読者であれば、より共感し、あるいは目を背けたくなるはずだ。

 自作について「生きる中でたまった膿(うみ)のようなものが、小説として放出されるイメージ。結果、現代を反映していると感じていただけるのでは」と分析する。世の中の現象や、人々の感情を観察し、違和感や心の動きを物語にしてきた。自身にとっては「自然体」。だが見過ごしてしまいそうなささいな変化にも気付く鋭さがあるからこそ、時に残酷なほど鮮やかに、人物の心や時代の影を描くことができるのだろう。

 その目を平成という時代そのものに向けた長編が、三月に刊行した『死にがいを求めて生きているの』だ。複数の作家が、古代から未来まで、日本における対立をテーマとして競作する雑誌企画で生まれた作品。「他の時代を担当する自分が想像できなかった」と語る。

 平成を<ナンバーワンよりオンリーワン>という言葉が象徴する、対立と競争を無くし、個性を尊重する価値観が広がった時代と捉えた。誰とも比べる必要がないはずの世界で、他人と対立し、順位付けすることでしか、自分の価値や人生を実感できない若者の苦しみが語られる。

 「多様性という輝かしい言葉の影を描きたかった。物事には必ず光と影がある。強すぎる光は、頑張って目を細めて、影を見つけたくなる」。それは絶対的な正しさや論理に対する疑いの目でもある。「あまのじゃくかもしれないけれど、百人が賛成する素晴らしい意見があれば、僕は反対してしまう気がする。本当に自由で、何を書いてもよい場所である小説に助けられている」

 自分が正しいと主張したいわけではない。疑いは自身にも向けられる。「書いていて気持ちよさを覚えると、危ないなと感じる」

 これまでの著作では、携帯電話のメールやSNSなど、平成らしい小道具を登場させて「今」を表現してきた。令和になり、それらのモチーフが古びれば、作品の現代性は薄れるかもしれない。不安はあるかと聞くと「正直怖くない」と力強い答えが返ってきた。「小説を書き終えた瞬間、自分の中ではもう古びてしまっているから。書けなかったことを書くために、次の作品を書いているので」。これからも今を見つめ、書き続ける。(谷口大河)

 

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